はじまりはいつも雨
この図書室にも、その七不思議とやらは存在している。
図書室の幽霊。過去に図書室で自殺した生徒だと言われているが、平次が調べた学校の記録上、そんな生徒は存在していない。だと言うのに、放課後、一人で図書室に居ると、何故かそいつは現れると言う。
「ホンマに居るのやったら、ぜひお会いしてみたいモンやな」
放課後に一人で図書室に居る事はよくあったが、いまだかつて、そんなモノに出会った事はない。居ないのだから、会いようもないのだが。
思いながら、目的の本を手に、通路を抜けてカウンターの方へと曲がった。その瞬間。
「いったーっ」
ゴン。
よく漫画で頭をぶつけると星が舞うが。実際、本当に星は舞うらしい。
目の前がチカチカしつつ、ぶつけた額を押さえてしゃがみ込む。落とした視線の先、星と一緒に人の足が見えて、ゆっくりと顔を上げると。
「……っ」
すぐ目の前で、同じように額を押さえてしゃがみ込んでいる男が居た。
誰?
見慣れない顔。制服も着ていない。
「……お前な……ちゃんと前見ろよ、前っ」
平次同様、相当痛かったのか、目尻に涙を滲ませた男は。半怒鳴り状態の様相。それでも小声で言って、平次の肩を空いてる手で思い切り押した。
正確には、思い切り叩かれ、平次が後ろに尻餅をつく。
「……な。そらジブンの事やろ!なんやねん、いきなりっ」
尻餅をついた時の姿勢のままの平次を横目に、男は立ち上がると、非常に不愉快そうな視線で見下ろして。
「ここは図書室。静かにしろよ、バーカ」
「バカゆーな、ボケ」
「ったく……意識飛ぶかと思ったじゃねーかよ」
言って、手を伸ばしてきた。が。その手が向かう先は、平次ではなく、その横に転がった本。
表情からは、不愉快そうなそれは消えている。
「やっぱ推理小説ばっか」
拾い上げた本の表紙を眺めて呟く。その様子を見ながら、平次も上体を起こすと、肩膝をついて本を拾った。
「悪いんか」
「いや、別に」
わざと少し睨むように見た瞳に、予想外に笑みが向けられて。その笑みはすぐに消えたけれど、平次はひどく面食らった。
「取り敢えず。こんな風に床に叩きつけられちゃ本が可哀相だろ。あんまボケッとしてんなよ」
手にしていた本を平次の持つそれに重ねると。男は平次の横を通り過ぎて、ひらり片手を舞わせ、本棚の方へと曲がって姿を消した。
「……なんやねん、アイツ。腹立つ……」
暫く男が消えた方を眺めていたが、視線を手にある本へと移して。その表紙を、順に眺める。
有名なものも確かにあるが、マニアックなものが殆ど。その表紙を眺めただけで、推理小説ばかりだと彼は言った。
「アイツも好きなんやろか」
いや、別に。
そう言った時の、彼の笑みが、なんとなく浮かんで、心に残った。
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