Many happy returns of the day.
見事な藤棚。その下に、水神籤用の浅く小さな池がある。
薄い紙で出来たそれは、見た目あっと言う間に水に沈みそうなモンだったけど。周りを見ると、意外とそうでもないらしい。
「沈まへんヤツも居るんやなぁ。工藤も沈まへんのとちゃうか」
向こう側、沈まない水神籤に。複雑な顔をしている女性を、眺めながらに服部が呟く。
「言ってろ、バーロ」
じとり、横目で見てから。ゆっくり、手にした紙を水面へと近付ける。手を離し、浮べた紙に水が滲んで。表面に文字が浮かび上がってくると同時。紙が水中へと沈んでいった。
「早。もう沈んだ」
「ほら見ろ。オレの中に不可能の文字はねえんだよ」
内心。沈まなかったら本気でどうしようかと思ってたから、沈んだ事に安心しながら。文字のすっかり浮かび上がった水神籤を水中から取り出して。そこに書かれている言葉を眺めた。
「なんて書いてあるん?」
服部が横からおみくじを覗き込んで来て。その目が、パチパチと何度か瞬きをする。
「……ちゅうか、なんでスタンダール?」
「水神籤渡してるトコに、格言が出てくるって書いてあったじゃねーか」
「そやった?」
書かれている言葉は、オレのたったひとつの願いを分かってるみたいな内容で。正直、おみくじの内容で喜んだりはするものの、その全てを信じていたわけではなかったけど。
「まぁ、取り敢えず。みくじは水に無事沈んだし。書かれてる格言も、工藤はもう実行しとるし。神さんのお墨付き貰ったも同じやな」
「え?」
サラッと凄い事を言われて。思わず思っきり素で間抜けな声が出た。
分かって言ってんのか。何も考えないで言葉が出たのか。どっちか分からないけど。
「良かったな。願い叶うみたいやで」
言って笑う服部と、見事な藤がすごい綺麗だったから。それはどっちでも良くなって。
「そうだな」
手にした水神籤の、書かれた格言をもう一度眺めて、笑みがこぼれた。
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