Many happy returns of the day.
「……で、喧嘩になって。まる2日も口きいてくれなかったんだよな、あの後……」
その2日間の事も、思い出したら何だか情けなくなって。また、つい出てしまうため息。
ため息は、ついた数だけ幸せが逃げるらしい。だけどそんな事を言われたら、恐らくオレは一生分の幸せが逃げている。だから、そんな迷信は信じない。
「ただいまー」
冷え切った夕飯にかかるラップを、指先で突いていたら聞こえてきた声。振り向いたら、少し驚いたような顔の服部が映った。
「別に起きて待ってなくても……て、なんや。飯も食うてへんのかいな。食っててええゆうたやないか」
「おかえり……」
悲しい思い出に浸ってるうちに、思いの外時間が過ぎていて。服部に声をかけてから見上げた時計は、12時を越えそうになっていた。
「今日は随分と早かったんだな」
勝手に出る言葉。我ながら分かりやすい嫌味だな、と思う。
また喧嘩になって、何日も口をきいてくれなかったらどうしよう。
「アクシデントが起きたんや。せやから先食っててええってメッセージ送ったのに」
内心ドキドキしてたけど。取り敢えず怒ってはないらしい。寧ろ、遅くなった事を悪いと思っているのか、ちょっと困ったような顔をしている。
「一人で食っても楽しくねーし」
「何ガキみたいな事言ってんねん。だいたい、オレが外で食ってて、帰ってすぐ寝るゆうたらどないする気ぃやったんや」
益々困った色を深めた顔で苦笑いをしながら。ラップがかかったままの食器をキッチンへと運んでゆく後姿。
「いいんだよ、それでも。お前が居るなら一人じゃねーし」
レンジのスイッチを入れる音と、加熱が始まり、ターンテーブルの回る音。さっきまで、時計の秒針の音と、自分の独り言しか響いていなかった空間に、一気に生活の音と色が広がっていく。
「ずっと一人で暮らしとったヤツのセリフとは思えんわ」
一人暮らしが始まった当初は、料理のりの字も出来なかった服部。今でこそ、結構何でも作れるようになってるけど。はじめは、そりゃもう酷いモンで。砂糖と塩間違えるなんて、お約束の典型は勿論。これ何?と聞きたくなるようなモノが出来上がる事はしょっちゅう。実際、訊いてすごいぶーたれたれた事も数ある。
男子厨房に入らず。そんな環境で育ったんだから、当然と言えば当然で。実際、本当に一人だった時は、できあいを買って来て食べていたんだ。
そこにオレが転がり込むようになってから。突然、自炊するとか言い出して。服部が料理をするようになって……。指も、しょっちゅう切ってた。
「お前が作ってくれた料理は、お前と一緒に食いてーの」
オレの為に作られた料理だから。食べたらすぐに、感想を伝えたいし、ごちそうさまって言いたい。
ご馳走様は。作ってくれた人への、感謝の言葉。
「はいはい。ほな一緒に食べよな。全部温めるから、もうちょい待ってや」
伝わってんだかどうだか。ホントに子供に向かって言うみたいに言って。先に温まった皿を運んで来ながら、服部がくす、と。小さく笑った。
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