Happy for you. 4.ふたり。

「すっげーな」
「そやろ」

 着いた頃には、だいぶ辺りは薄暗くなり始めていて。
 正直、完全に暗くなってたら分からなかったかも知れない。

 沢山の木がある、その中で。
 一本だけ。
 大きな幹と、広く広げた枝に。
 見事なまでの沢山の花を誇らし気に咲かせた桜。

「前に、依頼で探しモンしてる時にたまたま見っけたんや」
「依頼?」
「あ。依頼ゆうても、殺しとか物騒なモンの依頼とちゃうで?居なくなったペット探してくれゆう、可愛い依頼や」

 幹に伸ばした片手を当てて、振り返って平次が笑う。
 その後ろで揺れる、花いっぱいの枝。

「綺麗やろ。明るかったら、もっと綺麗なんやけどな」

 そうだろうな、と。
 視線を外せないまま新一は思う。

「どないしてん。あんまり綺麗で言葉も出てけえへん?」

 ざわ、と。
 風が吹いて枝が揺れた。
 少し遅れて、ひらひらと舞い落ちる花びら。

「雨みたいやな」

 風の吹く方。
 花びらが降り注いでくる枝を見上げ、目を細める平次の姿に。
 新一の足は、勝手に前に進んでいって。

「工藤?」

 すぐ目の前まで歩んで止まると。
 幹に触れる平次の手に、新一が自分のそれをそっと重ねた。

「ごめんな」

 重ねた手を、ぎゅっと握る。

「オレが間違ったせいで、すっげー傷付けたよな」
「……間違えたって、何を?」

 平次は少し戸惑っているようだった。
 だが、握られた手を振り払おうとはしない。

「あん時。本気でお前の事、どうこうしようとか思ってたワケじゃねえんだ。だから、お前が諦めてオレに抱かれようとするなんて思ってなくて。あんな顔、させたかったワケじゃねえんだ」

 握った手を、そのまま幹から外させて。
 ゆっくりと下ろして、指先を握りなおす。

「ごめん」

 言って俯く新一を見てから。
 平次は視線を握られた指先に向けると。

「……よう分からんけど。もうええよ、別に。工藤だけのせいでもあらへんし」

 指先を握る新一のそれを、平次もぎゅっと握り返して。
 反応して上がった新一の瞳に、にこり微笑みかけた。

「理由は、オレが工藤にあないな事ゆうたからやろ。ホンマにそうなら、いっそオレに嫌われよ。そない考えたんや。そやろ?」

 微笑んだ瞳のまま、新一を見つめる平次に。
 新一は何も答えなかった。

 その様子に。
 ふっ、と小さく笑って。
 平次が新一から手をするり外す。

「確かにめっちゃ怒ってた。そんで、何であないな事したんや、っていっぱい考えた。電話しても出えへんし、メールも返して寄越さへん。せやから、本気で嫌われたんやって思ってた」

 目を伏せ気味に話して、開きなおした瞳が、真っ直ぐに新一のそれを捉える。
 その瞳はとても優しい。

「けど、残念やったなぁ。ひどい事言われても、されても。嫌われたんやなって思っても、オレは嫌いになんてなられへんかった。それに、今日。お前来てくれたやろ?忘れとってもええような、どうでもええ約束覚えてて。せやから、嫌いになったんと違うんや、って思ったら安心した。そんで、もっと……」

 平次の腕が伸ばされて、新一の頭にぽんと乗る。

「……。オレな、分かったんや」
「分かったって、何を?」

 ゆっくり、伏目がきになる瞳と、近付く頭。
 こつり。
 平次の額が、新一の肩へと当たった。

「やっぱ和葉のゆうた通りや。オレ……工藤の事、めっちゃ好きやねん」

 頭からするり落ちかかる平次の手を、新一がそっと掴んで。
 ゆっくりと下ろさせると。
 そのまま、その手を服部の後頭部へと。
 先ほどのお返しのように、ぽんと置き返す。 

「確かにオレはイイ男だけど。なんで男のお前が、そのオレを好きになんてなるかねぇ」
「……ええ男かは別として。まぁ、きしょいよなぁ。自分でもそう思うわ」
「別に。好かれる事を嫌だとは思わねーよ。それに」

 手を、頭から肩へと滑らせて。
 押し戻して、上がった平次の顔。
 その瞳を覗く。

「さっき。花びらが舞った時のお前。すっげー綺麗だなって。普通にそう思ったから。だから、キモイのはお互い様、ってな」
「……綺麗て……桜が、やなくて?」

 平次の表情が、複雑だと言ったものになるのを見て。
 ちょっと吹きながら。

「お前がだよ」

 くしゃり、平次の髪を撫でる。
 それを振り払うでもなく、まだ複雑な表情をしている平次に。

「なぁ、服部。キスしようか」

 顔を寄せて、間近から言うと。

「へ?」

 平次の表情が一変して、その目が丸くなる。

「キスしたら、オレもハッキリ分かるかもしんねー」
「何が?」
「オレの中の真実ってヤツ?」
「何やそれ」

 新一が更に顔を近づけると、平次は片手でそれを防いで。

「真実か何か分からへんけど、そんなん自分で確認せえや。オレかていっぱい一人で悩んだんや。自分だけ楽すな。大体、工藤の事好きやけど、別にこーゆー事したいワケや……」
「もし両想いだったら、こーゆー事ばっかになるんじゃね?」
「は?りょ……」

 新一の言葉に平次が怯んだ瞬間。
 隙をつかれて退けられた手と重なる唇。
 反射的に押し返そうとした手を、捕まれて抱き締められて。
 逃れられなくなって、戸惑う瞳に映るのは。
 新一の背後で咲き誇る桜。

「前にした時は、変態とか言ってすっげー怒ったよな」

 離れた唇が、まだ極近い場所で言葉を綴ると。

「……そないな事もあったな」

 かかる息を、濡れた唇に感じる。

「こーゆー事するオレは、好きじゃない?」
「……ゆうたやろ。どないな事されても、工藤の事は嫌いになられへんって」
「そっか」

 平次が見つめる先。

「で?お前の真実っちゅうのは分かったんかい」
「うん。だから、もう一回、キスしてもいい?」

 桜がまた風に散って、そして舞う。

「どない理屈や。意味分からん」

 言って瞳を閉じて。
 今度は平次の方から重ねた唇。

 ひらひらと舞う花びらを眺めながら。
 新一もそっと目を閉じた。

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