Happy for you. 4.ふたり。

 いつもよりやたらと早く咲いて散った、東京の桜とは違い、ほぼ平年通りに咲いている桜。
 平次の部屋の窓からも、庭の桜が良く見える。
 風に揺れるそれを、平次はぼーっとただ眺めていた。

 結構前になるか。
 新一に、自分だけが知っている桜を見せに連れて行ってやる。
 そんな事を言った気がする。

 ぼんやりとそんな事を思う。
 平次の瞳には、あまり色が無い。

「平次ー、お客さんやでー」

 下から、静華の平次を呼ぶ声がする。
 聞こえてはいたけれど、平次は返事をするでもなく、ただ反応無くそのまま窓の外を眺めていた。

 少しして。
 とんとん、と。
 階段を誰かが上ってくる足音が聞こえて、ついで部屋の扉が開く音が背後で聞こえる。

 静華が入ってきたのだろう、と。
 平次はそう思っていた。
 足音の主の、声が耳に届くまでは。

「今犯人に狙われたら、一発でやられそうだな、お前」

 聞こえた声に、びくり肩が震える。
 色の無かった瞳に、一気に色が戻って。
 見開かれたそれで、ゆっくりと振り返ると。
 新一の、深いブルーの瞳と向き合った。

「工藤……?」

 なんでここに?
 そう言いた気な瞳を見下ろして。

「桜。咲いたら来いっつってたろ。だから来てやった」
「へ?」
「お前だけが知ってる場所に連れてってくれんだろ。どこだよ、それ」
「え……あー……」

 思った途端に現実となったこの状況に。
 戸惑っているのか、口元に片手を緩く握って当てながら、平次の瞳が斜め下を向く。

「今から行っても……」
「遅くなっても構わねーよ。どうせオレはそのままどっか泊まるし」

 言いながら。
 早く支度しろ。
 そう言いたそうに見下ろす瞳に、平次が渋々と言った表情で立ち上がった。

「したら先門のトコ行って待っといて。バイクとって行くから」
「分かった」

 チャリ、と。
 音を立てて、机の引き出しから鍵を取ると。
 平次が新一の脇を通り過ぎ、先に部屋を出て階段を下りてゆく。
 続いて新一が階段を下りてゆくと。

「あら、工藤君。もう帰らはるん?」

 ひょこ、と顔だけ覗かせた静華が新一に声を掛けてきた。

「ええ。ちょっと平次君お借りしますね。そんな遅くならないうちにはお返ししますので……」
「なんや、泊まってったらええのに。明日もお休みやろ?」
「はぁ……」

 それ以上の言葉を返すでもなく、苦笑いを返す新一の前で。
 座って靴を履いている平次が。

「工藤、今日泊まってくで」

 振り返るでもなく、紐を結びながらそう答えて。
 新一が少し驚いたような目でその背中を見下ろした。

「オカン、オレの部屋に工藤の分、布団入れといて」
「はいはい」

 靴を履き終えて、立ち上がり振り返った平次の表情は。
 先ほどまでの半分ぼやけたものではなくて。
 今は、よく知っている、いつもの平次の表情だった。

 静華に向けられていた視線が一瞬新一へと移って。
 向き合う瞳からは、心の内が読み取れない。

「ほな、ちょっと出掛けて来る」
「はい、おはようおかえり」

 答えて、玄関を出てゆく平次の背中を見送る静華の顔が嬉しそうなのは。
 平次の様子が変わったからなのだろうか。

 自分が来るまでの平次がどんなであったのか。
 今との違いがどうなのか。
 それを知らない新一には、はっきりとは分からなかった。

「それじゃ」

 静華に軽く会釈をして、玄関を出て。
 平次が来るのを待ちながら、ひとつ細く長い息を吐く。

「さて、勝負はこっからか」

 自分が平次に何をしたかは、新一はしっかり覚えている。
 当然、平次だってそれを忘れている筈がなかった。
 忘れていたら。
 気にしていなかったのであれば、連休があれば、普通に東京に遊びに来ていた筈だった。

「今度は間違わねーようにしないとな……」

 風で散った花びらが、ひらり新一の視界を過ぎた。
 それを追った瞳に、バイクをひいて歩いてくる平次の姿が映る。

「行こか」

 投げ渡されたメット。
 先にバイクに跨った平次に続いて、タンデムシートに跨りメットを被る。

「ちゃんとつかまっときや」

 言うと、メットを被ってエンジンをかけて。
 ギアのチェンジとともに走り出すバイク。

 今日の気温は高い。
 流れる風が非常に心地良かった。

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