バレンタイン・キッス
見せたいモノは、他の誰でもない、自分が見ている相手。
残したいモノは、ただ楽しさを切り取るだけの、記録としての写真や映像ではなくて。
こんなに愛されていたのだと感じられるような。自分が相手を愛した記録。
「なに難しい顔してんだよ。ほら、こっち向けって」
「あー、やかましな。説明書見てるのやろ」
「んなモン見なくたって使えんだろ」
録画マークの画面の中。しっしっと、片手で新一を追いやろうとする平次が映る。
「いちお目ぇ通しとかな機能把握できひん」
「触ってりゃ覚えるっつーの」
「適当過ぎやろ。ちゅーか、こんなん撮ってどないすんねん」
液晶の中の平次と目が合う。
視線を外し、直接眺める瞳は映像よりも綺麗だ。映像は所詮、実物を越えない。けれども。
「なんやねん」
いつか、この映像に。自分や相手が幸せを感じたり、癒されるならそれで十分だ。
「今日バレンタインデーだよな」
「そうやけど……?カメラ買うてやったのやから、チョコも寄越せとかゆ……」
話しを遮られて。瞳が見開かれる、その最中も。赤い丸が画面の端で点滅している。
「……どこのアイドルの歌や……っちゅーか、今撮ってるやろ、これ!」
「撮ってるよ」
「アホか、消せ!」
「消せっつわれてオレが素直に消すワケねーだろ」
奪い取ろうと伸ばされた手をひらりかわして。追って、立ち上がろうとする平次を映したまま、新一が数歩後ろにさがる。
「全部残しておきたいって言ったろ?」
「要らんモン残すなっ」
カメラを持つ方とは逆の腕を掴んで、そのままもう片方も掴もうとするのをかわしながら。
「これが要らないかどうかは未来に決めなさい」
「要らん!分かる!せやから今すぐ消せっ」
「やだって」
けらけら笑って逃げる新一の顔は実に幸せそうで。内心こんな顔をされたら敵わないな、と思いながら。そして実際、家の中でなにをやっているんだ、と言う状態ではあるものの。
もう少しだけ、このまま追いかけっこ続けよか。
やっとカメラの録画を止めて。リビングから廊下を通り過ぎ、階段を駆け上がってゆく新一、その後を。平次もまた、実に幸せそうな笑みを浮かべて追いかけた。
その表情は、ほんの一瞬で。追い着いた時には、また怒ったような表情だったから、新一はその顔を見る事はできなかったけれど。
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