バレンタイン・キッス

 心で呟いて。当時の新一を、必死で記憶を辿って探し出す。


「残しておきてーんだよ、全部」


 ああ、そうか。そうやった。


 同じセリフをあの時も聞いた。思い出して、平次はゆっくりと視線を前に戻すと、口を尖らせている新一を真っ直ぐに見た。
 確かあの時、自分が返した言葉は……――。


「記憶には残ってるやろ?」


 だったと思う。思い出して、同じセリフをまた返す。


 同じ時間、空間に居て、同じ景色を見ている。共有している記憶を、わざわざカタチとして残す必要はないと、あの時の平次はそう答えた。
 その時は新一も渋々ながら納得してくれたのだが。きっと今はひいてはくれない。それが表情から見て取れる。
 そして、恐らく返してくるであろう言葉が、今の平次には何となく分かる。


「残ってるよ。オレの見ているものが、オレの中にはな」
「……」


 確かに、同じ時間を過ごして、同じ空間に居たら、同じ景色を見ている。けれどひとつだけ、同じものが見れない。


「オレが残しておきたいのは、オレの視点から見たお前」


 自分の写真なんて、ナルシストでもない限り、そんなにじっくり眺めたいものでもないのだが。新一が言いたいことは、平次にちゃんと伝わっている。
 多分似たようなことを、平次も思うことがあったから。


「……バレンタインデー特価やて。値引きされとるわ」


 ショーウインドウの方を向いて少し屈むと、ガラスに片手を当て、平次が中のカメラを覗いた。


「ええで。買うてやる。そん代わり……――」


 顔だけをあげ、そのまま新一に向ける。


「おんなしモン、オレにも買うてや」


 合った瞳が笑っていて。それが前とは違って優しかったから。ちゃんと伝わったんだな、と。


「いいよ」


 新一もまた、負けない位の優しい笑みを平次に返した。

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