バレンタイン・キッス
心で呟いて。当時の新一を、必死で記憶を辿って探し出す。
「残しておきてーんだよ、全部」
ああ、そうか。そうやった。
同じセリフをあの時も聞いた。思い出して、平次はゆっくりと視線を前に戻すと、口を尖らせている新一を真っ直ぐに見た。
確かあの時、自分が返した言葉は……――。
「記憶には残ってるやろ?」
だったと思う。思い出して、同じセリフをまた返す。
同じ時間、空間に居て、同じ景色を見ている。共有している記憶を、わざわざカタチとして残す必要はないと、あの時の平次はそう答えた。
その時は新一も渋々ながら納得してくれたのだが。きっと今はひいてはくれない。それが表情から見て取れる。
そして、恐らく返してくるであろう言葉が、今の平次には何となく分かる。
「残ってるよ。オレの見ているものが、オレの中にはな」
「……」
確かに、同じ時間を過ごして、同じ空間に居たら、同じ景色を見ている。けれどひとつだけ、同じものが見れない。
「オレが残しておきたいのは、オレの視点から見たお前」
自分の写真なんて、ナルシストでもない限り、そんなにじっくり眺めたいものでもないのだが。新一が言いたいことは、平次にちゃんと伝わっている。
多分似たようなことを、平次も思うことがあったから。
「……バレンタインデー特価やて。値引きされとるわ」
ショーウインドウの方を向いて少し屈むと、ガラスに片手を当て、平次が中のカメラを覗いた。
「ええで。買うてやる。そん代わり……――」
顔だけをあげ、そのまま新一に向ける。
「おんなしモン、オレにも買うてや」
合った瞳が笑っていて。それが前とは違って優しかったから。ちゃんと伝わったんだな、と。
「いいよ」
新一もまた、負けない位の優しい笑みを平次に返した。
[ 87/289 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]