恋人
「やからぁ……。もうイヤや、ゆーてるやろ!」
ぐい、と押し返された顔。
無理に曲げられた首が痛い。
「……お前な……」
するりと腕を抜け、少し離れて腕を組み。
横目で、さも嫌そうにこちらを見ている。
これが、恋人だって……?
「キスはいいっつったじゃねーか!」
「やからって、限度っちゅーもんがあるやろ!何べんチューしたら気ぃ済むねん、お前っ」
ふいっと背けられた顔、その表情は想像がつく。
どうせ眉根を寄せて、不貞腐れた顔をしているに決まってるんだ。
「……今更、後悔なんかしてんじゃねーだろうな」
振り向いたのは、やはり想像通りの表情で。
何か言いたそうな瞳の色。
そのくせ、何も言わないのが非常にムカつく。
「言っとくが、オレは別れてやらねーからな」
伝えて、向けた背中の向こう。
ぷち、と音が鳴った。
……ような気がした。
「こん、ドアホ!」
何かが飛んできて、頭に当たった、と思う。
そこまでの記憶しかない。
どのくらいの時間が過ぎたのか。
部屋はすっかり暗くなっていて、窓からは月明かりが差し込んでいる。
取り敢えず、やはり何かが当たっていた様子の頭が痛い……。
冷やすものでも取って来ようと、起き上がった視界。
腹の上……正確には股間の上。
うつ伏せてる服部の姿が見える。
「……んな心配するくらいなら、もっと考えて行動しろよ、ったく……」
ぽん、と頭に手を置いて。
くしゃりと撫でてやると、声が小さく聞こえた。
ゆっくりと開き、合った瞬間、大きくなる瞳。
「……こんまま、目ぇ覚まさへんかったらどないしよ、て……。良かった……」
安堵の息。
ぎゅう、と抱きしめてくるその腕の強さが、少しだけ嬉しい。
そっと抱き返し、廻した手で髪を優しく撫でてやる。
「まだキスしかしてねーのに、そう簡単に死んでられっかよ」
向き合わせた瞳が笑う。
軽く、触れるだけの口付けは、拒否される事もなく。
何度か続けてみても、今回は怒られる事は無かった。
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