君と僕の日常

 あの日も。そして今この瞬間も。なんか服部のことばっか考えてる?
 思ったら無性に腹が立ってきた。

「あー、ええ風呂やった。なあ、工藤。冷えたビールある?」
「なに言ってやがんだ、未成年。あるワケねーだろ、んなモン」
「ははは。冗談やじょーだん。お茶か水、冷蔵庫はいっとる?」
「ああ。水なら帰って入れてあるよ」
「おーきにー」

 濡れた髪を片手タオルで拭きながら、周りに音符が舞ってるような様子でキッチンに向かう。その様がまた腹立たしい。

「つーか。ずっとお前に、ききたかったコトあんだけど?」

 屈んで冷蔵庫を漁る背中を、キッチンの入り口から腕を組みながら見下ろす。ペットボトル片手に、振り返って見上げる瞳がでかい。しかも、ライトが反射して光ってる。
 うん、オレも結構目はでかい方だけど。服部のは、オレのとはまた違うでかさなんだよな。オレは縦にデカくて、服部は横にデカい。切れ長なのにデカ目。なんか猫っぽい。いや、猫じゃねーな。豹っぽい?え?獲物狙ってる時の獣?

「……なにひとんことじっと見つめて複雑な顔してんねん……」

 はっ。
 いかんいかん。いつの間にやら立ち上がって目の前に来ていた服部が、思いっ切り不審な目を向けてる。

「で?ききたいことってなんや」

 キャップを外して、傾いたボトルを受ける唇が濡れて。少し零れた水が、口の脇を細く流れ落ち喉を過ぎてく。
 少し上を向いているから見下ろす形になる瞳が、さっきのソレとはまた違った光を見せて。なんつーか……。

「聞いてんのか?」

 覗き込んで来る瞳。近い。そしてエロっぽい。
 ……ってちがーう!!!!

「工藤?」

 バカだろオレ!しっかりしろ!!
 ホントに変態じゃねーかっ!!

「ばっ!だから、何度も言わせんなっ。ちけーんだよ!」
「な。お前がききたい事ある言いながらボケーっとしとるからやろ。なんやねん、一体。今日一日おかしいで、お前」
「バーロ。おかしいのはテメーだ、服部っ」
「はーあ!?なんでオレやねん。オレの何が」
「あん時!」

 びっ、と。人差し指を刺す勢いで向けると。服部が言いかけていた言葉を飲み込む。

「あん時、なんで何も言い返さなかったんだよ!」
「……え?あん時?」

 戦意消失。燃えかかっていた服部の瞳が、静かに普段の色に戻ってく。

「あん時ってどん時?」

 顎に片手をあてて。服部は、本気で分からないと言った顔で、少し困惑を含んだ表情でオレを見た。

「あん時だよ、あん時。オレに電話寄越した。オレが兵庫から帰って来た日だ」
「あー……」

 思い出した。そんな素振りをするも、どうやら思い当たることがなかったらしい。

「あの電話でオレ、なんか言うた?」

 きょと、とした表情でそんな事を言うから。また少しそこでイラっとした。

「逆だ、逆!何も言わなかったんだよ、オメーはっ」
「何も言わなかった?それがなんで……――」
「そんなにオレが好きかって訊いたら、お前、何も言わなかっただろ!」

 実際。こんなセリフを2度も言うのはどうかと思うし。つーかナルシストみたいで恥ずかしいし。なんで覚えてねーんだよ、バカヤロウとか思うんだけど。
 忘れてたって事は、服部的には何の問題も無かった事で。そこに何らかの意図も思惑もなかったって事だし。それなのに、その服部にとってどうでもいい事で、寝れない夜を過ごしたり、ずっと悩んだり。ホントにオレバカじゃん?つーか、バカだろ、とか思ったらそりゃ腹も立つってモンだろ。

 うん、オレ間違ってない。

「なんで黙った?そんな事あるワケねーって、笑って言ったら済んだだろ。お前のせいでオレはなぁっ」
「――……たんや」
「はあ?」

 まだまだ言いたい文句はあったんだけど。服部の顔よく見たら、なんか怒り吹き飛んだっつーか、怒る気なくしたっつーか。
 急速に、自分の中の火が消えてくのが分かる。

「確かに、なにゆうてんねんって、笑ったら……けど、オレも分からんようになってもうたんや。そしたら、なんも言葉が出てけえへんようになって。せやから、黙ってもうて……」

 片手で額を押さえて、少し下の方を見ながらポツポツと話す。その言葉は、確かにオレに向けて喋ってるんだろうけど、なんだか自分に向かって話してるみたいな。
 困惑してるみたいな。そんな表情。

「近くまで来たのに会われへんかったとか、来る事知っとったら会いに行ったのにとか。よくよく考えたら、やっぱオレおかしいんかな、とか。色々考えてみたら、頭真っ白んなってもうて。せやから頭冷やそ思って電話切って……あー、すまんなぁ。工藤まで悩ましとったんや……ほんま、ごめん」
「あ……いや……」

 項垂れる服部にオロオロしたものの、内心はちょっとほっとしたりもしてた。オレとはポイントが違うけど、服部も気にはしてたって事で。日中、距離をとろうとしたのもその延長だったんだなって。
 まあ、やり過ぎ感ありありだったけど。
 取り敢えず、なんか可哀想になってきたから許してやるか、と。ぽんぽん、と服部の肩を叩いてみて。

「まあ、アレだ。お前も悪いって思ってくれるならそれで……――」
「なあ、工藤」

 それでいい。
 終わらせようとしたってのに。

「オレ、お前ん事好きなんやろか?」
「はあ!?」

 なに言っちゃってんの?この人。自分で言ってる言葉の意味分かってんの?ねえ!?
 頭真っ白はコッチだバカ。

「工藤の事、確かに好きは好きや。大事にも思ってる」

 大真面目な顔で。真っ直ぐ見つめながらこんな事言われたら、誰でもドキドキするよな?フツーに。オレがおかしいワケじゃねーよな?そうだよな??
 ヤバイ。心臓が痛い。

「会いたいとか、一緒に居りたいとか。これって、普通の連れと違うんかな?なあ、工藤?」

 オレが知るかーーっ!!
 小首傾げてんじゃねーよ!上目遣いでオレを見るんじゃねーよ!!

「そんなの自分で考えろバカっ!!」

 ゴン。
 混乱した結果。思いの外力強いゲンコツが服部の頭に飛んだ。

「ったー……っ」

 当たった場所を両手で押さえ、服部がその場にしゃがみ込む。

「風呂行って来るっ」

 たぶん痛い。相当痛い。分かってるけど、今回はちょっと同情しない。そんな余裕はない。
 相変わらずしゃがみ込んだままの服部に背を向けると、そのまま用意していたパジャマその他を掴んで風呂へと向かった。

 風呂の中でもまだ混乱は続いてて、うっかり長湯でのぼせたお陰か。風呂から出た後はソッコーでベッドに倒れて、そのまま気がついたら朝だった。

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