真夏の夜の夢

 全ては、夢だったのかも知れない。
 その後訪れたのは。
 服部の居ない、何も変わらない日々。

 いや。
 確実に、変わった日常。



「工藤ー。飯行こうぜ、飯」

 授業終了のチャイムが鳴り止む頃。
 何時ものように、教室の入り口から黒羽の声がする。

「ちょっと待っとけ。すぐ行く」
「分かった。じゃ、先行ってんぞー」
「ああ」

 鞄と一緒に下げてある、朝買って来たコンビニの袋を手に取り。
 教室を出ようとする背中に。

「あ、工藤。お前今日、何か予定ある?」

 掛かった声に振り返る。

「いや?特にないけど」
「じゃあ帰りに、駅前に新しく出来たカフェ寄って喋ってこうぜー」
「あー?部活で死に掛けてなかったらな」
「おう」

 ひらり、手を舞わせて。
 教室を後にして、向かうのは屋上。

 あの時まで、服部と一緒に、三人で飯を食べていた場所。
 今は、黒羽と二人。
 時には他の奴等も入れて、数人で一緒に飯を食う場所。

「遅い」
「悪い悪い。ちょっと呼び止められててさ」
「ま、いいけど」

 二人になっても、お互いの座る場所は変わらない。
 間に、一人入れる。
 そんなスペースのある座り方。

 服部が存在していた間。
 オレ以外は、皆元から服部が居た記憶を持っていた。
 そして服部が消えた後。
 まるで何もなかったかのように、服部の記憶だけが皆の中から消えた。

 オレにだけは、記憶を残して。

「つーかさ」

 弁当を食べながら、ふいに黒羽が空を仰ぐ。

「何か足りねー気がすんだよ。何かは分からねーんだけど」

 太陽に細める瞳が。
 少しだけ寂しそうに見えるのは。
 たぶん、気のせいではないんだろう。

 黒羽は。
 きっと服部が好きだった。
 服部が植えつけた、偽の記憶ではなく。
 恐らく、一目惚れとかそんな世界。

「なーんか大事なモノ、忘れちまったような気がすんだよなー……何なんだろ」

 オレと同じ。
 流石は従兄弟。
 顔だけじゃなく、道を踏み外すトコまで同じ。

「そんな大事なモンだったら、忘れたとしたって、そのうち思い出せんだろ」
「そっかなー」

 また同じように、誰かを好きになれたら。
 きっと、オレも……。

「そうだよ」

 自分に言い聞かせるように口にして。
 見上げた空。

 ジジ。

 蝉が一匹。
 オレ達の頭上を越えていった。

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