桜の雨

「平次!」

 今年、桜が咲いて。
 いつもなら居るはずの時期をも越えて。
 もう今年は会えないのかも知れない。
 新一が思い始めていた頃。

「よう。今年もまた会うたな」

 いつもは私服の姿の平次が。
 学生服に身を包んでそこに居た。

「……制服?」

 同じ年なのは、随分前に聞いて知っていた。
 けれど、こうして改めて制服姿の平次に向き合うと。
 何だか、少しだけ変な感じがした。

「何や。けったいなモン見るよな目ぇして」
「いや……何か……」
「何か、何や。ちゅうか、お前また背ぇ伸びたやろ……」

 じとり、新一を見ながら。
 すっと隣に立つと、片手を上げて、自分と新一の頭の高さを比べる。
 若干、自分の方が低いことを確認すると。
 少しだけ不満そうな表情を浮かべた。

「初めて会うた頃はオレのが高かったのに」
「そうだっけ?元からオレのが高くね?」
「いーや。オレのが高かった!」

 腕を組みながらそう言う姿は。
 初めて会った、あの頃の面影はあるけれど。
 ずっと大人びて。
 そしてもっと……。

「あ、そうや、新一。お前にゆうとく事あったんや」

 新一が何やら思っていると。

「こうしてここで年1で会うの、今年で最後やねん」
「え?」

 急に聞こえてきた言葉に。
 一気に新一の頭の中が白くなる。

「何で?」

 新一の問いには答えず。
 花弁を散らせる桜を見上げると。

「今年の桜も、もう仕舞いやなぁ」

 まるで聞こえていないかのように。
 目を細め、手のひらで一枚。
 花弁を受け止め、そっと握った。

「なあ、なん……――」
「お前」

 何で?
 言い掛けた言葉を平次が遮る。

「いっつもわざわざ遠回りしてここ来とったやろ。しかも、桜咲いてる間中、ずっと」
「……え」

 自分の手に注いでいた視線を、新一の方へとゆっくり向けて。
 桜を握った拳を、そのままそっと口元に当てると。
 ふっ、と平次が小さく吹き出した。

「コイツ、友達居れへんのか?思っとったわ、最初。どんだけ必死やねん、て」

 見られていた。
 その事も恥ずかしかったが。
 それ以上に。

「今年も、オレん事ずっと探しとったん?」

 見透かされているようで。
 笑った瞳のまま、もう一度こちらに向けられる視線に。
 かっ、と。
 新一の耳が熱くなる。

「……」

 思わず視線を外して下を向くと。
 はらはらと。
 視界の端を花弁が複数舞い落ちた。

「もう探さんでもええよ、オレん事」

 花弁は全て、平次が掻き集めて新一の頭に降らせた雨。
 上げた視線には。
 両手を開いて、まるで迎え入れようとしてるような。
 そんな姿の平次が映る。

 ただ、花弁を放り投げた。
 その姿なのだが。

「オレな……――」

 言い掛けた平次の言葉が。
 新一の行動に思わず止まった。

「な、何や??」

 ぎゅっと抱き締める新一の腕の力は強く。
 突然の事に面食らっている平次は動けない。

「ちょ、離せや。誰かに見っかったらどないす……」

 既に夕暮れを迎えた街。
 時折り通る人影も疎らな時間。
 
 きょろきょろ辺りを見渡す平次の視界に人は居ない。
 その視界に、新一が入った。
 と、思った次の瞬間。
 そっと唇に、何かが触れる感触。

「……おま……っ」

 新一を突き放して、片手の甲で唇を拭った。

「平次。オレ、お前をずっと……」

 突き放された新一が片手を伸ばす。
 その手をするりかわして。

「……」

 片手で口元を隠したまま。
 平次がくるり、背を向け走り出す。

「平次っ」

 ひゅう、と強い風が吹いて。
 一瞬、目を瞑った。
 その間に。

「……平次……」

 平次の姿はもう見えず。
 薄紅の花弁だけがひらり。
 また、ひらり。
 新一の頭に、肩に。
 優しい弱雨のように降っていた。

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