Happy Valentine's Day

 思えば。
 友達だった頃は、中々会わなかったから当たり前だけど。
 恋人になって、一緒に居る事が多くなってから。
 喧嘩する事はしょっちゅうだけど。
 こんなに声を聴かない日々は無かったな、なんて。
 テラスでコーヒーを飲みつつ、通り過ぎる学生達を眺めながらに思った。

 あの日から。
 服部からの電話が無い。
 オレも意地で架けないまま。
 最後に声を聴いた。
 あの日は何日前だったかな。

 声。
 聴きてえな……。

「……隣。座ってもええかな」

 思った途端、聞こえてきた声に。
 思わず、口に含んだコーヒーを吹くかと思った。

「……い、いいけど……」

 なんとか飲み込んで。
 振り返り、見上げると。
 やっぱり不機嫌そうな表情の服部がそこに居て。
 瞳を細め見てから、席に座った。

「久しぶり。そんなセリフを言うのも久しぶりやな」
「そうだな」

 服部の視線は。
 先程まで、自分が見つめていた方向に向けられていて。
 同じ景色を見て。
 同じことを思っているのかな、なんてちょっと思った。

「あん時。お前、実は後つけとったやろ」

 こちらを顔全体で向く事はせず、視線だけで向いて。
 訊いてくる声は、表情程に冷たくもきつくもない。

「ああ」

 答えると。

「やっぱりな」

 言って、軽く息を吐く。
 吐いた息と同時に不機嫌さも抜けたのか。
 身体全体でこちらに向き直った時の表情は、店内で最後に見た時のそれと同じ。

「なんであないな事したんや。オレん事、疑っとった?」

 そりゃ疑うだろ。
 返したくなるのを堪えて。

「そうじゃねーけど」

 言ってみるけど。
 隠せなかったのは、聞いていた服部の表情から見て取れた。

「はー……。もう、言うといたら良かった。けど……ビックリさしたくて……ごめん」

 大きく溜息を吐きながら。
 テーブルに突っ伏すように伸びて呟く言葉は。
 くぐもってはいるけど、聞こえない声じゃない。

「じゃ、やっぱアレは……――」
「せや」

 様子がおかしくなってから。
 ずっと服部から、微かに立ち上っていた香り。

「今日終わったら、ここで待っといて。続きはオレんちで。な」
「ああ」

 甘くて苦い。

 立ち上がった、今の服部からも。
 仄かに香る。
 それは、カカオの香り。

 疑っていなかった。
 そう言ったらウソになる。
 けど。
 まさかと言う思いも強くて。
 信じきれていなかった。

「……謝るのはオレだよな。ごめん」

 参考書とノートを抱えて。
 学生たちに紛れる、背中に呟いた。

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