The parallel world
せっかくここまで来たのだから、と。
一人で入った美術館は。
他の客も居るものの、美術館だから、と言うだけではない静けさに包まれていて。
そこに広がる幻視の世界が、キツネに抓まれたようなこの数週間の出来事も、全てが白昼夢だったのではないかと思わせる。
「ったく……せめて、どんな姿してるのかくらい見れたって罰は当たらねーだろ……」
小説の主人公であるならば、イメージ画くらいはあるだろう。
例え実際の自分とは違っていたとしても、平次は新一の姿を思い描けていた筈だ。
だが、新一には全く思い描く材料が無い。
「不公平だよな」
言って。
溜息と共に手の平をつけたのは、鏡の間の壁。
つまり鏡。
「……」
新一の姿が映る筈の、そこに。
掌を合わせ、立っている人物は新一ではない。
おそらく、自分も同じ顔をしているであろうと思える、目を丸くしてこちらを見ている彼は。
「服部……?」
数度の瞬き。
その後に柔らかく笑んだ表情は、その問いに正解だと答えてくれた気がした。
声から想像していたものよりは大分幼いその顔。
健康そうな肌色。
大きく深い、碧の瞳。
平次の手が、ゆっくりと鏡から離れる。
と同時に、新一の手も離れて。
互いの手が、完全に落ち切る、その瞬間。
目の前の鏡は、ただの鏡となり。
向かい合うのは、新一の姿となった。
その瞬間、二つの世界は完全に離れて。
恐らく、二度と交わる事は無い。
それだけは、何となく分かって。
少しだけ。
新一のどこかが、ちくりと痛んだ。
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