The parallel world

 待ち合わせたのは、とある美術館。
 幻視の世界と銘打った、トリックアート等の企画展示がされている。
 それを観たい、と平次が言ったので決まった場所だったが。
 待ち合わせの時間を過ぎても、平次らしき姿は何処にも無い。

「……自分で指定しといて遅刻かよ」

 ハガキ、電話、メール。
 それらで話をした事はあったが、実際の彼の姿を新一は知らない。
 だが、それは平次も同じ事で。

「居るけど、気付いてねーだけかな」

 改めて周りを見渡す。
 けれど、やはり自分と同じに誰かを探しているような人物は見当たらず。
 携帯を取り出し、架けようとした瞬間。
 バイブが震え、ディスプレイに平次の名前が表示されていた。

「もしもし。お前、今どこに居んだよ」

 新一が問うと。

「そらこっちのセリフや。どこに居んねん」

 平次が切り返してきて。
 もう一度、辺りを見渡す。
 携帯で話している人は、取り敢えず見当たらない。

「……美術館の前だけど……お前は?」
「オレも前に居るけど……」

 この企画展示をしているのはここしかない。
 美術館を間違えている、と言う事は有り得ない。

「美術館前の……どの辺?」
「でっかいオブジェの前」

 言われた場所に視線を送る。
 が。

「……」

 そこに、誰かの姿は見えない。

「工藤……お前は……?お前は、どこに居る?」
「そのオブジェの……近くのベンチに」
「……」

 声が返らない事から、恐らく平次からも自分の姿が確認できなかったのだろう。

「……どうなってんだ……」

 訳が分からなくて、新一が困惑したように呟くと。

「……やっぱそうなんや……」

 平次は分かっていた、と言わんばかりにそう言った。

「やっぱりって、何が」

 ひとつ。
 溜息のような呼吸音が聞こえて。

「オレの世界に、お前は居らん。そんでお前の世界にも、オレは居らん」

 言った声は寂しげで。
 けれど、謎は解けた、と言うような。
 清々しさも少し混じって聞こえた。

「何だよそれ。どう言う」
「工藤新一は」

 新一が話すのを遮って、平次が続ける。

「オレが好きな小説の主人公。現実で、会える筈ない相手やったんや」
「……小……説……?」

 そう言えば。
 初めて電話したあの時。

『工藤みたいな奴が、近くに居ったら楽しいやろな、って。ガキん頃からずっと思っとった』

 確かに。
 そう、平次は言っていた。
 同じ年の平次が子供の時は、自分も同じく子供の筈で。
 その頃から平次が自分を知ってる筈はない。

「せやから、ハガキが来た時は本気でびびった。誰が、何の目的でこんなんしてるんや、って。電話が来た時は、もっとびびったけどな」

 言って笑う声は楽しげに聞こえるが、やはりどこか寂しそうにも聞こえる。

「……小説って……オレは生きてるし、こうしてお前と話もしてるじゃねーか。小説の人物なワケねーだろ」
「うん、せやな。お前は生きとる。こないな話、その小説のシリーズには無いし、お前は小説の工藤やない」

 そんな事が、ある筈はない。
 頭は否定するが。
 しかし、それしか考えられない。

「平行世界……って事かよ」
「やろな。何でオレが書いてもないハガキが、工藤んトコに届いたんかが分からへんけど」
「え?」
「お前からのハガキに、ハガキを読んだて書いてあったけど。オレ、お前宛てにハガキなんぞ書いた覚えあれへん」

 始まりは、郵便受けに届いた平次からのハガキだった。
 そのハガキを、電話の向こう、平行世界の彼は書いた覚えがないと言う。
 だとすれば、出したのは……?

「……あー、この夢みたいな時間も、そろそろタイムリミットみたいやな」

 平次の声に、雑音が混じって。
 所々が聞き取りにくくなっていた。

「ちょっと待てよ!お前じゃないなら、あのハガキは……――」

 何かの拍子に繋がった二つの世界は、それぞれの正しい時間に戻ろうとしている。

「もしかしたら……が……かもな……」
「何?聞こえな……っ」

 一際大きく雑音が鳴って。
 その後は、ツー、と。
 通話が切れた後の電子音が聞こえるだけ。

「お架けになった番号は、現在……――」

 一度切って、もう一度平次の電話番号に架けてみたが。
 その番号は存在しないと、アナウンスが流れるだけで。
 二人の繋がりは閉ざされてしまった。

 もしかしたら……――。
 その後に続いていたであろう言葉を、新一は暫くその場で考えていた。

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