二人の記念日

「……はぁ?なんや今更」

 最終的に、疲れてきた黒羽が勝ちを譲るような形でゲームは終わり。
 その彼が帰った後で。
 勝った事に満足げな服部に、工藤はその事をぶつけてみたのだが。

「いつから呼ばれとったなんて覚えてへんし。最初からちゃうか?ちゅうか、それやと何かアカンのか」
「いや、別に悪いって事じゃないんだけど……」

 予想通りの返答に、ポリポリと頬を掻きつつ。
 視線を逸らす工藤に、服部は怪訝そうに眉根を寄せた。

「したら何や。メンドイやっちゃな」

 その表情で更に腕を組んだ辺り、言葉通りに面倒臭がっているのは確かで。
 このままでは、せっかくの機嫌の良さを損なうのは必至。

「……いや、だから……」
「せやからなんや。はっきりせえ」

 自分と同じ探偵のくせに。
 気持ちを読み取る、と言う作業はしてくれない服部に。
 工藤は小さな息をやれやれと吐く。

 読み取れないのは、それを考えた事が無いからで。
 それはつまり、その気が無いと言う事だからだ。

「オレも名前で呼びてえっつーか……。黒羽と差つけて、オレも名前で呼ばれてえっつーか……」
「……はぁ?」

 寄せられていた眉が、片方だけ言葉と共に上がって。
 声色と表情は、工藤の推理が正しい事を告げていた。

「黒羽と差ぁて。関係自体で既に差ぁついとるのやし、別に呼び方なんてどうでもええやろ。工藤は工藤や」

 言うと。
 ひらり片手を舞わせ、工藤の横をすり抜けて。
 飲み物を取りにキッチンへと消えてゆく。
 その後ろ姿に、工藤はまた一つ溜息を吐く。

「確かに今更だし……呼び方でどう変わるってモノでもねえんだけどさ」

 呟きながら。
 トボトボとソファに向かい、腰を下ろして。
 天井を仰いだ。
 工藤の視界に飛び込んでくるのは、無表情に近い服部の顔。

「……」

 驚いたのもあるが。
 無言のまま、瞬きもせずに凝視していると。

「呼んでみいや」

 上から。
 覗き込んだまま、その表情のままで服部が言う。

「え?」
「オレの名前。呼びたいんやろ?ほれ、呼んでみ」

 言い終わり。
 覗き込むのをやめて姿勢を戻し、視線だけは合わせたまま。
 瞳を細め、手にしたグラスの水を飲む。
 その姿は実に挑発的で、思わず飲み込んだ息が詰まりそうになるのを。
 なんとか飲み込み、工藤はゆっくりと唇を動かした。

「へ……いじ」

 口元を腕で拭って。

「なんやて?よう聞こえん」

 片手を耳に当てると、屈んでそれを工藤の口元へと近付けてくる。
 一つ小さく息を吸い。

「平次」

 工藤がもう一度、その名を呼ぶと。

「なんや?新一」

 耳から手を離し、向き直るのは極上の微笑。
 間近にあるその表情。
 そして甘く呼ばれた己の名前に。
 工藤の顔が、一瞬にして赤くなるのを服部は見た。

「……ほれみい。今更過ぎて、違和感ありまくりやろ」

 ぺし、と工藤の額を指先で弾いて姿勢を戻すと。
 服部はケラケラと笑いながら、工藤の隣のソファへと腰を下ろした。

 その言葉に。
 息を吐き、一つ頷きながら。
 そう言えば、と工藤は視線を上げて服部を見る。

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