すたあの恋
バイトから帰ると、自分の部屋の前、男が一人眠りこけていた。
「………」
そっと近づき、帽子に隠れた顔を覗き込んでみる。
色白で端正な顔立ち。
まるで、少女漫画にでも出てきそうなその顔は、どう見てもよく見知ったあの人だ。
「こないな場所で寝とったら風邪ひくで」
緩く肩を揺すってみる。
ぴくり、と閉じられていた瞼が動いた。
「………平次?」 ゆっくりと開いた瞳が、自分を捉えた瞬間、輝きを増したのを見た。
「またえらい大騒ぎになっとるみたいやな、スターはん」
穏やかな口調でそう告げる。
するとその人は、ゆるく首を横に振る。
「もう関係ねーよ。ちゃんと事務所の許しもらって辞めてきたんだから。今後は、お前だけのスターになる」
その台詞に、思わず笑って。
「……スターはお断りしてるんやけど」
伝えて立ち上がると、扉にポケットから出した鍵をさした。
「嬉しいだろ?」
開いた扉、振り返って見た表情は、とても元大スターとは思えないほどに緩んでいて。
けれど、流石はたくさんの人を魅了した人と思わせる程の、とびきりの笑顔だった。
「分かった。嬉しいから、はよう入り」
つられるように微笑み、相手の手を引いて部屋へと入れる。
そしてゆっくりと、奇跡の扉は閉ざされた。
ここから、また始まる。
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