輝ける星

「……せやから……ごめん、て。何度も謝ってるやないか」

 駅までの川沿いの道。
 こんな雨の夜は、人通りも普段より少ない。
 しとしとと降り続く雨の音と、二人の足音だけがそこには響く。

「しゃーないやろ。おとんがあない早くに帰って来るやなんて。そらオレでもビックリやっちゅうねん」

 あの表情からしても、機嫌を思い切り損ねてしまったのか。
 新一はあれからあまり言葉を発していない。
 二人で居るのに、もうずっと平次の独り言のような状況が続いていた。

「……」

 天国に居たと思ったら、一気に地獄に突き落とされたような。
 そんな気分だと、平次は思って。
 思ったら、なんだか少し悲しくて。
 とうとう言葉も出なくなる。

 途端に大人しくなった平次を横目に見て。
 新一は小さく溜息を吐くと。

「……バーロ。別に怒ってんじゃねーよ」

 片手を伸ばして、軽く平次の頭を小突く。
 が。

「首が……」

 小突いた衝撃が伝わって。
 またいてて、とその手で首を押さえる。
 その様子に、平次がしゅんとなるのが分かる。

「……ごめん……」
「だから、謝んなってーの。確かに加減しろよ、とは思ったけど。あの場合仕方ねーだろ」
「……ごめん」

 飼い主に叱られた犬のような顔。
 トボトボと擬音が見えそうな平次に。
 やれやれと新一はまた一つ息を吐き、空を見た。

 すると。

「雨。あがったんじゃねーか?」

 さっきまで落ちてきていた水の粒は、その視界に映らない。

「駅もすぐそこだし。もう、ここでいいよ」

 新一は歩みを止めて向き直ると。
 もう長い事見てなかった錯覚を、平次が思わず覚えるような。
 重かった空気を解く、とても優し気な微笑をそちらに向けた。

 一瞬、呆けてから。

「ホームまで送る」

 平次が言って、歩き出そうとする。
 その腕を掴んで。
 その場を動かない新一が、平次が先へ行こうとするのを引き止める。

「いいって」
「なんで」

 やはり本当は怒っているのではないか、と。
 叱られた犬。
 またそんな表情をする平次が。
 傘を畳むのも忘れて、振り返った状態で新一をじっと見た。

 その表情に、小さく苦笑を漏らして。

「連れていっちまいたくなる」

 ぽん、と。
 片手を頭に乗せると。
 くしゃり、髪を混ぜるように新一が平次の頭を撫でて。

「だから、ここでいい」

 言ってまた微笑む。
 その顔を、暫し無言で平次は眺めて。

 ひとつ、深い息。

 お互いの顔を世間から隠すように。
 傾けられた傘が、二人を覆って。
 新一の唇に。
 平次のそれが、そっと触れた。

「……」

 本当に一瞬だけ。
 幻じゃないかと思う位、短かったけれど。
 そこに残る感覚は、幻ではない証。

「したら、ここでさいならや、彦星はん」

 言って笑った顔には。
 さっきまで居た、寂しい犬の影はどこにも無い。

「ま、ほんまもんやないから……」

 傘を畳んで。
 肩にぽんと、担ぐようにして。

「またすぐに会えるわな」

 言いながら見せた表情が。
 たぶん新一が、初めて平次を可愛いと思った表情。
 単なる好きを通り越した、記念すべき瞬間。

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