すたあの恋
また、ひとりの静かな生活が戻ってきた。
テレビをつければ、工藤新一はいつでも笑顔を向けていたけれど。
先日まで、この部屋で自分と過ごしていた彼とはどこか違う。
「…ホンマに現実やったんかな」
一人で飯を食べながら、画面に映るその人を眺めてポツリ呟く。
全部、夢だったのかも知れない。
彼が帰ったその夜に思った。
そう思った方が、随分と気が楽だった。
新一がそうだったように、平次にとってもこの1ヶ月はとても楽しいものだったから。
確かに色んな苦労はした。
本当はあまり得意ではない料理も、新一が喜んでくれるから頑張ったし、早く家に帰れるように、バイトも普段より頑張って残業は避けた。
「なんでもない事でよぉ驚いとったなぁ、あいつ」
新一の色んな表情を思い出して、ふと一人思い出し笑いをしてしまう。
そして、酷い虚無感に襲われた。
「…。何でお前、有名人やねん。何処に居っても姿が見れる。酷やで、ホンマ」
俯いてぽつりぽつりと呟く平次に、テレビの中、また新一が笑顔を向けていた。
ここに居たい。
戻る前、彼は言った。
芸能人の工藤新一を消して、ずっとここで過ごしたいと。
認めなかったけれど、一番そうしたかったのは、本当は自分だったかも知れない。
何かしていても。
何かを見ていても。
新一に話したいと思ってしまう。
きっと彼は、楽しそうに自分の話を聞いてくれる筈だ。
どんなくだらない事でも。
多分自分は、新一に恋をしている。
気付いてしまって、平次の心は更に暗い影に覆われた。
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