Nightmare

 次に目を開けた時には、すっかり暗くなっていて。
 窓からは月明かりが差し込んでいた。

「平次ー。ご飯よー」

 階段下から、自分を呼ぶ静華の声が聞こえる。
 ゆっくりと起き上がると、その体から、読み掛けの雑誌が滑り落ちるのが見えた。

「……。……腹減った……」

 雑誌はそのままに、部屋を出て階段を降りる。
 笑顔の静華が平次を迎えた。

「今日はお父ちゃんも早よ帰って来とるさかいに。奮発して平次の好きなてっちりやで」

 伝える静華の顔は、常に見ている顔そのもの。

「え、ホンマに?!」

 ぱっと表情を明るくして、食事の用意がされている茶の間に向かう。
 先に来ていた平蔵と、入るなり目が合って。

「……お、お帰り……」

 何とか笑顔を保って言うと。

「ただいま」

 答えた平蔵も、いつもの彼そのままで。
 その様子に、平次はほっと胸をなでおろす。

「……ホンマ、おっとろしい夢やったな……」

 小声で呟きながら席に着き。
 始終にこにこしている平次を、平蔵は怪訝そうに眺めていた。

 その後の夕食は、これまで食べたどの食事よりも美味しく感じて。
 言えない苦しさより、この幸せを失くす方がずっと苦しい。
 そんな事を平次は思った。



 数日後。

「……なんやて?」

 電話の向こうの新一の言葉に、平次は思い切り眉根を寄せた、不機嫌そうな表情へと変わった。

「だから。彼女作れってうるせーから、両親にお前との事言っちまおうかなって思うんだけど。うちの両親なら、話せば分かってくれそうな気もするし……」

 新一の言葉が続く程、平次の表情が険しくなる。

「冗談やない。絶対アカン。ゆうたら別れる」
「はーあ?!なんでそーなんだよ!!」
「なんでも!」
「別れるとか有り得ねーから!大体お前、オレの愛を何だと」

 新一の言葉が終わるより先に電話を切って。
 携帯をベッドに放り投げ、そのまま床に転がる。

「……平次」

 転がった視線の先。
 静華の姿が映り、慌てて起き上がった。

「あんた、ホンマは彼女居ったの?」

 どうやら聞かれていたらしい会話。
 ここで居ない、と言っても通じる感じがしない。

「……はは……」

 笑って誤魔化そうとした。
 その乾いた笑いに、静華が嬉しそうな笑みを見せて。

「そのうち紹介しなさいよ」

 言って部屋を去ってゆく。
 その後ろ姿は軽やかだ。
 ちくり、また胸が痛む。

「……すまんな、おかん。おかんもよう知っとる相手やけど……きっと一生、その名前は言われへん」

 別に犯罪を犯している訳ではない。
 けれど、それに似た罪悪感と、胸の苦しさがたまには襲う。
 それを両親に背負わすくらいなら、自分が背負った方が楽だと、今なら思える。
 苦しい分、同じだけの……。
 それ以上の幸せも、平次にはある。

「堪忍や」

 呟いて、視線を向けた窓の外。
 冬の穏やかな日差しが、枯れた木々を優しく包んで。
 それは、新一の愛と、両親の愛に包まれている平次にも似ていた。

「工藤も……堪忍な」

 切り際の新一の声を思い出して、少し笑うと。
 携帯から音楽が鳴り響いて、取り上げて見たディスプレイには工藤新一の文字。

「お前、人が話してる最中に切るってどーゆー事だよ」

 不機嫌そうな声。
 当たり前と言えば当たり前だが、何だかその声すらおかしい。

「コナンやった頃、お前もようやってくれとったやないけ」
「くっ……そ、そうかも知れねーけどっ。て、それは置いといて!お前は簡単に」
「工藤」

 瞼を伏せて、自然に上がる口角のまま。

「好きやで」

 微笑んだ表情で、そう呟いた。



 今日も明日も明後日も。
 ……これから先もずっと。
 平次には、まだまだ沢山の幸せが待っている。
 小さな苦しみなど、すぐに消してしまえる程の。

「結婚なぁ。ホンマはオレの願望の夢……とかやったら相当嫌やな」

 靴を履き、玄関を抜けた先に広がる空。
 本日も晴天。

「行てきますー」

 これから向かうのは東京。
 大好きな、新一の待つ街。

[ 210/289 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -