すたあの恋
奇跡の日々が続く事1ヶ月。
とうとう、新一の恐れたその日がやってきた。
テレビで、新聞で。
全てのメディアで、一斉に新一の失踪を告げるニュースを報じていた。
探す手が尽きた事務所は、情報の公開に踏み切ったらしい。
『工藤新一、失踪』
そう書かれた画面を見たまま、平次は固まっている。
ポスターやCMは、姿こそ映しても、名前までは大っぴらに出ていないものが殆どで。
例え出ていても、余程興味を持って見でもしない限り恐らく気付かない。
だから、今まで平次は気付かずに居た。
ただ、顔が似ているだけだと。
芸能にあまり興味が無い平次は、友人やバイト仲間ともそう言う話はしなかったし、まさか自分が、そんな大スターと出会う事があるなど、思ってもいなかったから。
「…ホンマに、お前やったんか…。あのCMも、よく見かけるポスターも」
失踪した日付は、まさに平次が新一と出会ったその日。
もう、別人だと思う余地もない。
自分の馬鹿さ加減に、ほとほと嫌気がさした。
何で考えなかったのか。
快斗の友人だと言う時点で少しでも。
預金金額の異常さで普通ではないと。
何で、何も感じなかったのか。
「…騙すつもりじゃなかったんだ」
固まる平次の背後で、うなだれたままの新一が呟いた。
別に、騙されたとは思っていない。
事実新一は、特に酷い嘘を言った事はないのだから。
「隠していてごめん」
更に小さい声が背中に届く。
最初に言われていたら。
実は逃げてきた有名な芸能人なんだと、最初に打ち明けられていたら。
自分はどうしていただろう?
平次はずっと、そんな事を思っていた。
きっと、家に入れなかった。
帰れと追い返していた。
そうに違いない。
彼の事情や、理由など一切聞く事もせず。
「…なんで、逃げてきたんや?」
振り返らないままで、平次はやっと聞こえるほどの声を出し。
「普通の生活を…してみたかった」
返った言葉に、細く息を吐いた。
部屋に入った時。
新一は好奇心一杯の瞳であちこち眺めていた。
それをただ、落ち着きがないだけだろうと思っていた。
決して上手くない、ごくごく平凡な平次の作った食事。
目を輝かせて、美味しいと何度も言っていた。
酷くお世辞が好きなヤツなのだと思っていた。
他愛もない会話。
いつも本当に嬉しそうに話しをしていた。
眠るのも惜しむみたいに。
全てが。
初めて出会った、あの瞬間からの全てが。
彼には、新鮮で、本当に楽しくて、嬉しかったのだ。
それを、彼は求めて、籠から逃げ出してきたのか…。
何故だか、胸が締め付けられるみたいな気持ちになる。
[ 283/289 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]