最初に気付いたのはいつだったろうか。
次に、どうしようもなくなったその想いを自覚したのは、いつだったろうか。







 G r a y S c a l e










-one year ago



暦はもうすぐ六月を終えようとしている。
今年の梅雨は例年に比べて明けるのが早く、既に体育館の外は夏を思わせる日差しだった。じっとしていても汗が浮かぶような、そんな午後。樹里はタオルが山のように積まれた籠を両手で抱えたまま、ふと視線を辺りに向けた。練習に励む一軍の部員たちの中に彼がいない。不思議に思って扉の方に目線をずらすと、ちょうど探していた人物、赤司征十郎がそこにいた。彼は樹里の姿を見付けると、静かな動作で彼女を手招く。

「樹里」

一言、それだけ呼んで彼はまた体育館の外に出て行った。樹里は手に持っていた籠を側にいた後輩マネージャーに託すと、急いで彼の背中を追って体育館を後にする。自分を呼んだたった一言に、樹里はひどく嫌な予感がした。赤司の機嫌がよくない。僅かに察知した彼の変化に、彼女は吐き出しそうになるため息を必死に飲み込む。

最悪だ。
こういった勘が大概外れないのを、樹里は自分で嫌になるほどわかっていた。





***





赤司の後を追って着いたのは、体育館からは随分と離れたところにある特別教室の棟だった。この辺りの教室は今では滅多に使用されることはなく、特に生徒の多くが部活に勤しむ放課後は人影を見ることの方が少ない。人っ子一人いない廊下に二人分の足音が寂しく響く。

こんな場所にいったい何の用が。そんな樹里の疑問を読み取ったのか、赤司は声を落として三歩後ろを歩く彼女に言葉を投げた。

「2週間前の、一軍の練習試合を覚えてるか」
「…え?ああ、うん。」

思い起こされたのは2週間前に一軍が行った練習試合。相手はそれなりに強豪とされている中学だった。けれど実質、帝光の一軍相手ではほぼ結果は見えているようなもので、赤司はその練習試合をあくまで調整だと言っていた。しかし、それも試合が始まる前までのことだった。

「あの試合がどうかしたの。確かに予想外に苦戦したけど、結局はダブルスコアでうちが勝ったじゃん」
「結果だけ見ればそうだ。けれど、お前も違和感を感じなかったか?」
「…相手方が執拗に先手を読んだこと?」

恐る恐る訪ねた樹里に、赤司は黙った。しかしそれが肯定の沈黙であると彼女は知っている。

相手のチームは決して弱くはなかった。しかし実力差以外に、相手側に有利に働いた何かがあったのは明白だった。そしてそれは、間違いなく情報量だ。しかしそれは帝光も負けてはいない。むしろ桃井さつきという存在がある限り、情報戦の軍配はほぼ我々に上がるのが通例である。桃井のデータと同等、いや、むしろそれを上回るキセキに関する情報を相手チームが有していたとするなら。それの、その意味は。

…いや、まさか。
樹里は頭に浮かんだその仮説に、喉の奥が締め付けられるような錯覚を覚えた。前を歩く赤司の背中に思わず声をかける。樹里は赤司に、自分のこの考えを否定してほしかった。

「…ねぇ赤司、それって…」
「…ここ数ヶ月の試合記録をすべて見返した。恐らく始まったのは、大輝が開花してからだ」

より一層潜められた赤司のその台詞に、樹里は遂に言葉を失う。そうしているうちに、彼は一つの教室の前で立ち止まった。

「もう分かっただろう」

樹里に視線を向けないまま、赤司は言う。樹里はちらりと見えた彼のその横顔に、思わずぞっとした。冷や汗が背中を伝う。無意識に握りしめていた拳に、自分が知らずのうちにひどく緊張していたのだと知る。赤司は静かに言った。

「内通者がいる」

これほど怒りをあらわにした彼の姿を見たのは、初めてだった。






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