「しっかし、つまんねぇよなあ…」
しとしとと、小雨のそぼ降る初夏の晩。
国境にほど近い砦の一角、非番の衛兵たちが無聊をかこつ一室でのこと。
配られたばかりの賭けカードを睨みながら、ガイスがそう呟いたのを皮切りに、同室の残りの二人、エルターとロジェも口々に不平を述べ立て始めた。
「同感。シケた夜だぜ。せっかくの非番だってのに、野郎同士でカード遊びするしかやることがねえなんて」
「本当に、つくづくしょぼくれたところだぜ、ここはよう」
一年の任期を終え首都へと帰る兵士たちと交代に砦番になってから、はや一カ月が過ぎた。
砦での仕事を覚え要領を掴んでしまえば、あとは何の刺激も変哲もない日々の繰り返し。
俺を含め、この場に入る誰もが、この場所での生活に退屈し切っていた。
「確かにうんざりだな。女もいなけりゃ上手い飯も酒もない、いるのは動物とむさくるしい男ばかりときた」
「飯と酒は、味さえ気にしなけりゃまだどうとでもなるがなあ…」
「女ばっかりは、そうもいかねえ」
「ああっ、畜生!やりてぇなあ」
「肝心の女がいねぇんだから、どうしようもないだろ」
「セトちゃんったら、冷たいんだから!」
俺が肩を竦めてそう言うと、ガイスが頬を膨らませ唇を尖らせる。髭面の強面でそんなかわいこぶられても、正直気色悪いの一言に尽きる。
「近くの街までは馬を駆けさせても1刻はかかる上、規則に厳しい我等が隊長殿が、休みを取らせてくれないと来てる」
「隊長殿の、あの異様なまでに厳粛な貞操観念は一体どうなってるんだ? ここに来てからひと月になるが、女を呼ぶ様子もなければ動物に手を出す気配もない。彼の股間の息子はもしや息子じゃなくて娘なのか? もしそうなら、是非ともお相手いただきたいもんだな」
「気色の悪いことを言うなよお。ガイスよりも逞しい隊長殿が女だっていうなら、俺はこの世を呪ってやる!」
「そうだな、隊長のベッドに侍るくらいなら、まだセトの方がよっぽどましだ。女達がうっとり眺めるそのツラなら、男だろうとまだ我慢が効く」
「マシとは何だ、失礼な。俺だって男なんて御免だぜ。大枚はたいて懇願されたら、考えてやらないでもないけどな」
「ははっ、そんな金があるならとっくにこんな場所とはおさらばして、街で女と酒で豪遊してるぜ」
そんな虚しい会話を交わしていると、ロジェがふと真剣な表情になって声を潜めた。
「でもよう…前にここにいたって奴と話をしたんだが、去年まではここにも出入りの娼婦がいたんだろう? どうして今年からいなくなっちまったんだ?」
「何?! 本当かよそれ! 詳しく説明しろや、ロジェ!」
「うぐっ、く、苦しいぜえガイスぅ…」
ロジェの言葉に俺が、ガイスが飛びかからんがばかりの勢いで食いつく。そんなガイスに、エルターが横から気がなさそうに説明してやる。
「ああ、どうやら前まではそうだったようだな。だが、娼婦からもらったおかしな流行病が砦中に広まったとかで、一時は砦が全滅の危機に陥るまでになっちまったらしい。国境を警護するそんなことではままならぬ!というわけで、当時の責任者の総隊長は降格、代わりに我等が隊長殿が新しくトップに就いたというわけだ」
「なるほど…隊長殿の厳格さはそこに端を発するわけだな」
自分も同じ轍を踏んでは敵わない、というわけで、締め付けを厳しくしているのだろう。
「くっそー、誰だよそんな妙な病気貰いうけてきた大間抜けは!! そいつのせいで俺達にまでとばっちりがきちまってるのかよ! ふざっけんなよチクショー!」
拳を握りしめ憤慨するガイス。
「くそぉ、やりてー!」
「そうだそうだあ、やりたいぞお!!」
大声でバカげたことを吼えたてるガイスとロジェに、エルターがうんざりといった調子で手を振る。
「うるせぇなぁ、そんなにやりたきゃ厩舎に行って馬でも羊でも存分に突っ込んで来い」
「羊も無理だ! この前やってた奴が、病気になったらどうするんだ!って隊長殿に大目玉をくらってたからな!」
「マジかよ…それくらい目こぼししてくれたっていいだろうに…」
「よっぽど用心深くなってるんだな…」
俺とエルターは目を見合わせて肩を竦める。
締め付けを厳しくするだけではいつか必ず決壊する。それを防ぐためには、適度なところで欲求を解消させてやるのが一番だというのに、一時避難すら許してくれないとは…
こんな調子では、のちのち厄介事が持ち上がりそうだ…
「女も駄目、動物も駄目となりゃあ、あとはもう男しかねえ!!」
将来を憂いを馳せたその途端、ガイスが血走った眼でそんな戯言を口走ったので、俺はぎょっとした。
「お前…何言ってるんだよ…男って、正気か?」
「この際、突っ込めるならヤローだろうが構わねえ!!」
「はあ?!マジかよ」
「だって俺、彼女とする時も避妊のために後ろ使ってるしよ。同じところに突っ込むなら、男も女も大して変わらないだろ!」
「いやあ〜、後ろなら女よりもむしろ、男の方がよかったりするって言うよなあ。俺も気持ちがいいなら、どっちでも構わねえや」
「羊に突っ込むなとのお達しらしいが、野郎の尻には突っ込むなとは言われてねえしな…」
目をひんむく俺とは対照的に、ガイスとロジェ、エルターは皆、一つの結論に達したように、顔を見合わせて肯きあった。
「いよっし、決まりだな!」
「ああ…背に腹は代えられねえよな」
「でもよお、誰がその役をするんだ?」
「これで決めようぜ」
ガイスが床に放り投げたまま忘れ去られていたカードを拾い上げ、目の前に翳してみせる。
「カードでビリっケツだった奴が、皆にケツを差し出す。いいな?」
「おいおい…マジかよ…」
呆然とする俺の肩をエルターが強く叩く。
「まさか自分一人逃げようだなんて思わないよな?セト。ここまで来たら一蓮托生だ、覚悟を決めろ」
「…分かったよ、仕方ねえな」
三人からじとりと睨みつけられ、俺は渋々肯いた。正直ものすごく嫌だが、同室者であり同じ隊のメンバーである彼等を敵に回しては、今後の生活が色々とやり辛くなる、それは避けたい。
大丈夫、負ける確率は四分の一、普通に考えて俺がその役を引き当てるはずがない。
そう、思ったのだが…