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「冗談じゃないっ!!」
「生徒会の皆さまにそんなことをさせようだなんて、お前は何様のつもりだ!!」
「大体、お前の仲介で皆様に召し上がっていただいたところで…惨めな心地にさせられるだけだ…! 皆様方は所詮、お前の意志を尊重しているだけで…僕達の気持ちは、受け取ってくださらないことに変わりはないんだから…」
「だから…絶対に、余計なことはするなよ、倉橋なつき!!」

 良かれと思ってこその発言だろうが、いささかデリカシーに欠けた倉橋の言葉は、部員達の激情と嫉妬の炎に、油を注ぐ結果となってしまう。

「そんな…だって、俺は皆のために…って思って…」

 肩を落とす倉橋に、料理部長が静かに声をかける。

「倉橋。お前自身が先程言っていたばかりだろう。共に楽しい時を過ごすために、料理はあるのだと。その想いは、我々とて同じだ。料理はただ栄養を摂取するためだけのものではない。大切な人をもてなすため…好きな方に、喜んでいただきたいから…作り手である我々も、心を込めるんだ。その関係は、一方的な押し付けでは成立し得ない。調理する人間と、召し上がっていただく方との間にの心の通い合いがあってこそ、本当の価値が生まれる。だから…皆様方に、無理強いして食べていただくことは、我々の本意ではないんだ。お前の善意には感謝するが、謹んで遠慮させてもらおう」
「何で…そんなこと言うんだよ! 桃李達だって、きっと分かってくれる! 皆優しい、いい奴ばっかりなんだ! クラブの皆が、桃李達のことをこんなに想ってるんだってことを伝えれば、きっとそれは届くはずだよ! だから、そんな風に諦めたりするなよ!!」

「倉橋。俺は、佐原様の親衛隊に所属している」

 なおも首を振る倉橋に、今度は柳瀬が諭すような調子で言葉をかける。

「校内で料理コンクールが行われた際、何度か、審査員になられた佐原様に俺の作った料理を召し上がっていただく機会があった。…いつもいつも、佐原様には俺の秘伝のレシピの隠し味を見抜かれた上、どこか物足りないと思っていた味付けにアドバイスを頂いたりして…そのおかげで腕を磨くことができ、校外のコンクールに出品し、入賞を果たすまでに至ったんだ。今の俺があるのは、全てあの方のおかげだ。そのお礼にと、佐原様に手料理をご馳走したいと幾度か申し出たが、佐原様は頑として私的な饗応は受け入れてくださらなかった。俺があの方に作ったものを食べていただけるのは、あくまでもコンクールの場でのみ……だが、それでも構わないと思っていた。大切なことは、召し上がっていただく方に美味しいと喜んでもらうこと…その一瞬を、かけがえのないものにすることができれば、……それだけで、俺は満たされるんだ」

 胸に手を当て、柳瀬は静かに微笑む。

「…佐原様は俺の料理は受け取ってくださらない。しかし倉橋、お前が作ったものは受け入れる…正直なところ、それを妬ましいと思わないでもなかった。だが、俺達が佐原様方に手料理の差し入れを禁じたのは、それによる嫉妬の感情からなどではないんだ」

 柔らかな微笑を消し去った柳瀬が、悪意の欠片も見当たらない、真っ直ぐな眼差しを倉橋に据える。

「何年か前、料理部員ではない生徒が生半可な知識で作った食品を召しあがったため、役員の方々が体調を崩されたという事件があった。ために、役員の皆さまは数日間の入院を必要とされ、生徒会活動はおろか、学生生活にも支障を来す事態となってしまった。不用意な料理一つのために、それを作った人間も、食べた人間も、周囲の人間も、全てが不幸になってしまったんだ」
「え…」

 倉橋が驚いた声を漏らす後ろで、俺も密かに目を丸くする。
 三木本の睡眠薬ジュースや佐原の謎の異物混入菓子も大概だったが、それに匹敵する事例がまだあったとは…。差し入れの主に悪意はなかったのかもしれないが、何せ男子高校生の手作りである、どんな恐ろしい作品に仕上がっていてもおかしくはない。

「その事件以降、二度とこんなことを繰り返さぬよう、生徒会役員の方々に手料理を差し入れを入れられるのは、厳正なる適性検査を受け、厳しい鍛錬を重ねた確かな手腕を持つ、調理部の部員だけ…という、暗黙の合意ができたんだ」

「あ…」

 なるほど、そういう理由で『役員への差し入れは料理部員限定』などというルールが出来たのか…と唸る俺の横で、織田が小さく声を漏らす。

「俺の兄さんが生徒会長をしてた時…食中毒で入院したことがあった…お見舞いに行った時、確か、他の役員の人達も、同じ病棟に入院してたよ。もしかして、柳瀬が言ってるのは…そのことだったのかも」
「お前の兄貴の世代のことだったんだな…」

 まさか、こんな間近に被害者の関係者がいようとは…世の中は狭いぜ…
 たかが差し入れ一つ…と軽く考えていたが、次第に笑い飛ばせない話になってきてしまい、ちょっと遠い目をしてしまう俺である。

「お前ほどの腕の主ならば、まかり間違ってもそういう事態にはならないかもしれない。だが、お前の行いを見て、ならば自分も役員の方に差し入れを…と言いだす輩もいるかもしれない。そんな者共が殺到するようなことになれば、ただでさえご多忙な役員の皆様方の手を煩わせることになってしまうだろう」
「また、不純な目的で、飲食物に異物を混入しようとする輩も現れるかもしれない。そう言った不埒な目的から皆様方をお守りするためにも、我等クッキングクラブが、飲食に関わる管理を一手に引き受ける必要があるんだ」
「衛生管理、品質管理、安全管理…これらを完璧にして初めて、大切な方をおもてなしする資格を得るんだ。今はまだ、そうすることはできないが…生徒の代表として桜坂学園を統べる皆様方に、日々のお疲れを少しでも癒して頂きたく、至高の口福をお届けしようと、我々は誇りを持って活動しているんだ」

 ただただ呆然と佇むしかできない倉橋に、柳瀬と料理部副部長、部長が次々と熱の篭った口調で言葉をかけてゆく。

「全部…皆の、ために…?」
「そうだ…全ては、召し上がっていただく人の幸福のため。作り手の思いなど、二の次で構わない」

 毅然と言い放つ料理部長達や、賛同の肯きをする周囲の部員達の顔は、清々しくも誇らしげな表情に満ちている。
 差し入れ制限制度は桜坂学園の特殊ルールと侮っていたが、まさかここまで深く考えての体制だったとは…さしもの俺も、感心してしまう。

「今まで説明が足りなかった点については謝罪しよう、倉橋。だが、これでお前にも我がクッキングクラブの理念は理解してもらえたことだと思う。そこで、改めて問う、倉橋なつき。お前は我がクッキングクラブに所属し続ける意志はあるか?」
「クッキングクラブのメンバーであり続けたいのであれば、我等の規則には厳格に従ってもらう必要がある。一つ、修業期間を放棄してはならない。二つ、クラブ活動に無断欠席してはならない。三つ、生徒会の皆さまに、私的な差し入れを禁ずる。これらの他にも、お前から見れば厳し過ぎると思われるだろうルールが存在するが、それも無条件で受け入れてもらう」
「受け入れられないのであれば、潔くクッキングクラブから籍を抜いてもらう。部を辞めたからとて咎めはしないし、このまま所属し続けるとしても優遇するつもりもない。どうしようとお前の自由だ。さあ、倉橋…お前はどちらの道を選ぶんだ…?」

「俺…俺は…」

 改めて料理部長達に選択を迫られ、倉橋は弱弱しい声でそう言ったきり、言葉を無くしてしまう。
 恐らく…だが、倉橋はもう一度クッキングクラブに戻りたいのだろう。皆から疎外されているとの誤解も解けたし、差し入れ禁止のルールにも得心の行く理由が見つかった。許されるのであればもう一度、同じ趣味を持つ仲間たちと共に腕を磨きたいと、そう思っているのではないだろうか。

 それを口に出すのを躊躇わせている理由は、きっと…


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