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「なっちゃん…部活に出られなかったから、責められてるのぉ…?」
「もしかしてぇ…僕達が、生徒会補佐を頼んだからぁ…?」

 双子の降矢が顔を見合わせて泣き出しそうな声で言う。

 生徒会補佐の仕事のために、倉橋は部活を欠席することになったのだろうか? だがしかし、倉橋に補佐の任務を依頼した時、すでに様子がおかしかったような気もするのだが…


「…ずっと、皿洗いとか、掃除とか…後は、料理の下準備くらいしかさせてもらえなくて…料理も、お菓子も…作ってる時間、なかったから」

 顔を伏せたまま、倉橋が珍しく、ぼそぼそと小さな声で釈明する。

「なるほど…調理補佐ばかりさせられるのが、お前は不満であったと」
「だから、部活動を無断欠席した、というわけか?」

 料理部長に続き、柳瀬が淡々とした口調で繰り返せば、倉橋はキッと顔を上げて声を大きくして叫んだ。

「そうだよ! だって俺は、色んな料理を作りたかったんだ! 皆と一緒に美味しいお菓子を作って、美味しいお茶を飲んで…幸せな時間を過ごしたかったんだ! あんなことだけするために、クラブに入ったわけじゃない!!」
「あんなこと…だって…?」

 その言葉に反応したのは、部長たちではなく周囲に座っていた他の部員たちだった。部室の空気が一気に険しいものとなったのが、調理実習室の扉越しにも見て取れる。

「ふざけないでよね! たかだか一週間皿洗いを続けさせられたくらいで音を上げるなんて、根性無しにもほどがある!」
「僕なんか三カ月だよ?! 三カ月以上もずっと掃除や洗濯しかさせてもらえなかったんだから! それだけの修業期間を終えて、やっと包丁を握らせてもらったんだよ?!」
「お前はまだ恵まれてるじゃないか! 入部して間もないのに、もう調理の下準備まで任されて! 他の新入部員がその段階に至るまでに、どれだけの時間を積んだと思ってるんだ!!」
「え…皆も…?」

 周りの部員達から一斉に刺々しい言葉を投げつけられ、倉橋がうろたえた様に周囲を見渡す。

「そうだよ! 新しく入部した部員は皆、一定水準の技術を身につけるまでは、調理作業に加われないことになっているんだ! 修業期間を経てようやくそうすることが許されるんだよ!!」

「俺だけが…作れないわけじゃ、なかったのか…?」
「逆に聞きたいものだな。お前一人に例外的な扱いをする必要が、どこにあるんだ?」

 知らされた事実に呆然とする倉橋を、料理部長が腕を組んで見下ろす。

「それは…俺…皆に、嫌われたのかと思って…だから、仲間に入れてもらえないんだと、思ってた…」
「部員達の個人的な感情の機微は我々の預かり知ったところではないな。だが、これだけは言わせてもらおう、倉橋なつき。伝統ある我がクッキングクラブは、個人的な好悪とというものに左右され、一部員に差別的な扱いをするような低劣な組織では、断じてない!」
「倉橋、お前は入部試験にも良好な成績で合格したな。優れた手腕を持つお前にとって、あの程度の作業しかできないことは、確かに物足りなかっただろう。だが、この修行期間を経ることにより、我が部の体制に触れ、理論を学び、部の理念を身を以って感じ取ることができるのだと我々は思っている。能力の差により期間の長短はあろうとも、欠かすことのできない制度なんだ」
「また、これは第二の試験でもある。修業期間に耐え得ることもできないような脆弱な精神の持ち主は、誇り高きクッキングクラブには必要ない。我々にとって、真に仲間たり得る部員を選別するための試金石でもある。……倉橋なつき…果たしてお前は、今後も我が部の一員であり続ける覚悟はあるのか…?」
「俺は…」

 副部長に問いかけられ、倉橋は再び言葉を失い顔を伏せる。

 無理もない。悪意によって部活動の妨害を受けたと思いこんでいたのが、事実はその正反対で、むしろ優遇されていたくらいだと分かったのだから…。今はまだ、その事実を受け止めるのに精いっぱいで、今後のことなど考えられもしないのではないだろうか。


「結論を聞く前に、次の質問に移ろう」

 出す答えを持たない倉橋を余所に、料理部長は事務作業的に審問を続行してゆく。

「第二に問いただしたき義は、お前が生徒会役員の皆様方に、手作りの菓子を差し入れている件についてだ」
「生徒会役員の方々に個人的な手料理の差し入れをしてはならない…お前が入部する以前から、我々は数度にわたりそう警告を発していたはずだ」
「生徒会の皆様へ飲食物を差し上げられるのは桜坂クッキングクラブのみと、暗黙の了解によって定められている。そう、説明したな? しかし、お前は警告も伝統も無視し、未だにその行いを継続し続けている。それはどんな了見によってなされたことだ?」

 柳瀬達の口から出てきた事実に、俺は目を丸くした。料理部以外の一般生徒は生徒会に手作りのものを差し入れ出来ないなんて決まりがあったのか。今の今まで知らなかったぜ。もしかして、俺が親衛隊に祀り上げられるような立場にいるからだろうか…?
 しかし、そんなルールがあったのだとしたら、今までにも散々役員達にお菓子を作って差し入れてきた倉橋は、他の生徒達からさぞかしやっかまれてきたのではないだろうか…
 危惧する俺の心配を跳ねのけるかのごとく、倉橋は昂然と反論の言葉を述べる。

「クッキングラブの人しか差し入れが許されないなんて、そんなのおかしいだろ!! 友達なのに、どうして作ったものをあげちゃいけないんだ! 皆で楽しい時間を過ごすために、料理やお菓子はあるんだろう?!」

 俺としても至極まっとうな意見だとは思うのだが、その意見にも周囲の部員達は激しく噛みついた。

「外部から来た人間が、ルールも弁えないで勝手なこと言わないでよね!!」
「生徒会の皆さまに手料理を差し入れ出来るのは、クッキングクラブだけの特権だったんだ! だから今まで皆、どんなに憧れている方がいても、クラブに入っている者以外はずっと我慢してきたんだよ! それをお前は、いともたやすく破って…っ!」
「皆、大好きな人に作ったものを食べていただきたいから、料理部に入部するため一生懸命勉強して、辛い修業期間も耐えて、ずっとずっと頑張ってきたんだ! 頑張ってきたのに…っ…」
「…新年度の生徒会の皆様方は…親交のない人間からの飲食物は受け取れないと仰るから、僕等は泣く泣く…っ…諦めてきたのに…お前は!!」

 そう言えば、生徒会役員になってからしばらく経つが、料理部からの差し入れなぞ一度も受け取った記憶がない。それは、他の役員達が断っていたためだったのか…

「お前等、そんなこと言ったのか? 減るもんじゃねーんだし、菓子くらい受け取ってやりゃいいだろ」
「ええー? だってー、生理的に無理なんだもーん。俺さー、中等部の時、信用してた奴にー、ジュースに睡眠薬入れられて、犯られそうになったことあるんだよねー。それ以来、人から食べ物貰うの無理なんだよね! なっちゃんは別だけどさー」
「へ、へー…そりゃご愁傷さまで…」

 ライトなノリでなかなかにヘビーな過去を語ってくれるな、三木本。

「…俺も。誘拐されるかもしれないから、知らない人間からの食べ物は、絶対に受け取るなって、きつく躾けられて…」

 ぽややんとした織田なら、そう言うこともありうるかもしれない。菓子を貰ったら、おかしな輩にものこのこくっついていきそうなところがある気もする。

「そ、そんな大げさな…学園の中だし、素性も知れてるんだしよ…」
「これだから庶民は困るんだよねぇ、危機管理がなってなくてぇ」
「僕等くらいのセレブになったらぁ、口に入れるもの一つも吟味しなくちゃいけないんだよぉ」

 やれやれと首を振る双子達。相変わらず、挙措の一つ一つが可愛くねえ奴等だぜ。

「なーにが危機管理だよ。たかが菓子ごときで何があるってんだよ」
「さっきミッキーが言ったばっかりでしょお。会長は健忘症なんですかぁ?」
「睡眠薬じゃなくてもぉ、ドラッグ系のモノを仕込まれてぇ、スキャンダルとかに仕立てられかねないじゃあん? 大企業の御曹司のご乱行〜、なんて、マスコミが大喜びしそうなネタだしぃ」
「それをネタにィ、恐喝されるなんてこともあるかもしれないしぃ…一般人の会長はどうだか知らないけどぉ、最低限の自己防衛はぁ、僕等にとって必須なんだよぉ」
「…薬じゃなくても、妙なものを入れてこないと限りませんから。髪やら、爪やら、体液やら…っ! 思い出すだけでもおぞましい…っ!!」

 佐原が顔を青ざめさせ、身体をきつく抱き締めて震える。髪やら爪やらとは…まさかとは思うが、経験談なのだろうか。そんなのホラーの領域ではないか…

 扉の外で俺達が小声で騒ぐ中、倉橋が明るい声を上げる。

「それならさ、俺が取り成してやろうか? 皆に、料理部からの差し入れも食べてやってくれってさ!」



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