25

「なっちゃん、遅くなぁい…?」

 そんな降矢の気がかりそうな声に、読み込んでいた書類から目をひきはがし、壁掛け時計を眺めやれば、針は四時半を指し示しそうとしている。授業を終え、ホームルームを受けた後、各々のペースで生徒会室に集まっているのだが、普段は皆、大抵四時十五分頃には到着しているのだ。補佐となった倉橋もその例外ではなく、皆が集まる少し前には生徒会室に来て、机を拭いたり書類を整理したり、花瓶の水を入れ替えたりと、まめまめしく世話を焼いてくれている。だがしかし、今日に限ってはその例外のようだ。

「だよねぇ…いつもならぁ、とっくに生徒会室に来てる時間なのにぃ!」
「まさか…なつきに何かあったのでは…」
「大袈裟に心配するようなこともねーだろ。用事が出来ただとか、ダチと話しこんじまっただとか、そんなとこじゃねーか?」
「だってぇ!メールしても電話してもぉ、返事がないんだもぉん!」
「なっちゃん、無断で約束に遅れるようなタイプじゃないしねー。何かあったならー、連絡があるはずだよー」
「…連絡が、取れない状況に、あるってことなのかな…」

 織田がぽつりとそう呟けば、佐原が顔面を蒼白にする。

「よからぬ輩に人気のない場所に連れ込まれ、危害を加えられてでもいるとしたら…!」
「なっちゃんが襲われてるかもしれないのぉ…?!」
「そんなぁ!! 助けに行かなきゃあ…っ!!」
「おいおい…相手はあの倉橋だぞ? そんな物好き、お前等の他にいねーだろ」

 ひょろっこい体つきにもっさりと鬱陶しい黒髪の、いかにも冴えないルックスの倉橋だ。ことさらあいつをそういった対象として見る人間なぞ、いるとは考えがたい。

「親衛隊がなつきを狙うかもしれないと言っていたのは君でしょう!」
「あ、そっちのセンもあったか…」

 佐原にきっと睨まれ、俺は片頬を引き攣らせて笑う。襲うという単語にてっきり性的な意味合いばかり思い浮かべていたが、風紀委員長である篠原にも警告されたように、役員の寵愛を一身に受ける倉橋は、その親衛隊員等から深く恨まれてもいるのだ。彼等が何らかのきっかけで暴走し、倉橋に手を出さないとも限らない。

「こりゃちょっと、様子を見に行った方がよさそうだな」
「君に言われるまでもなくそうするつもりです! 行きますよ皆!」

 かくして、佐原が陣頭指揮をとり、俺達は倉橋を探すべく生徒会室を後にしたのだった。




「とりあえず、各自分担して片っ端から教室を見ていくか?」

 廊下を急ぎ足で歩きながら俺がそう提案すると、佐原が前を向いたまま首を横に振る。

「いえ、やみくもに分散するのは反って効率が悪い。もしも親衛隊員が関わっているならば、その行いを諌められるのは、主たる役員のみです。主人以外の人間の命は、例え生徒会役員であろうと聞き入れない可能性が高い。その上、相手は複数なのですから、我々一人が食ってかかっても、逆に返り討ちにされてしまうという事態も起こり得ます。そうなってしまえば元も子もない。不測の事態を招かぬためにも、我々は固まって行動しましょう」

 それは確かにそうかもしれない…以前、織田の親衛隊員等にリンチされそうになった俺としては、身につまされる話である。しかし、そんなことで間に合うのだろうか?

「けどよ、今は一刻を争う事態だし…グズグズしてたら手遅れになっちまわねーか?」
「だから、そうさせないためにも! まずは目撃証言を探すんですよ! なつきの同級生に聞き込みをかけましょう。放課時のなつきの行動を把握して、そこから捜索範囲を広げていけばいいんです!! それくらいのこと、教えられずとも弁えていて欲しいんですけどね!!」
「本当ぉカイチョーってばぁ、役立たずのくせに口うるさいったらないよねぇ!」
「とーりくんのやり方が今は一番ベストでしょお?! 益体もない提案してる余裕があるならぁ、その分も目を動かしててよねぇ!!」
「ミイラ取りがミイラにでもなっちゃったらー、これっぽっちも笑えないもんねー。無目的に動くよりはー、とーりんに従っとこうよー」
「…各務、なつを心配する気持ちは分かるよ…でも、俺はもう、各務をあんな目に遭わせたくないんだ、絶対に。だから今は、堪えて欲しいんだ…皆と一緒に、なつを捜そう…?」
「わ、わーったよ! 佐原の言うとおりにすりゃいいんだろ! 分かったって!」

 一斉に反論を投げつけられ、俺は文字通り諸手を上げて降参する。

 そうして一行は、校舎に残った生徒達の驚きの眼差しを一身に受けながら、倉橋のクラス、1−D教室へと急ぎ向かった。




「倉橋なつきの足取りを知っている者は?!」

 教室の扉が開くなり、佐原にそう鋭く問いかけられ、D組の教室に残っていた僅かな生徒達は、目を丸くし慌てふためいた。

「さ、佐原様…?!」
「生徒会の皆さまも、どうして…?」

「倉橋なつきはどこへいったかと尋ねているんですが?」

 狼狽する生徒達に、苛立たしげな眼差しを向け、再び佐原が倉橋の行方を聞く。

「え、あ…い、いつも通り、特に変わった様子もなく、普通に帰っていったんですけど…」
「く、倉橋なつきは、生徒会の補佐になったと聞きました…生徒会室に、向かったんじゃ…?」

 佐原に質問された生徒達は、顔色を白くしたり赤くしたりしつつ、そう答える。

「普段通り教室を後にした、とのことらしいですが、なつきはいつもの時間に生徒会室に現れなかったんです。だから、なつきに何かあったのではないかと、案じているのですが…」
「誰か、その後に倉橋の姿を見かけた奴はいないか? どんな些細な情報だろうが構わない、教えてくれ」

 佐原の隣に進み出て俺が重ねて尋ねれば、教室の奥にいた一人の生徒が、おずおずと手を上げた。

「あ、あの僕…見ました…ジュース買いに売店に行った時…倉橋が、人と一緒に渡り廊下歩いてるとこ…」
「渡り廊下…ってことは、特別棟に向かったのか?」
「なつきは一体誰と一緒にいたんですか?!」
「ええと…遠目だったので、確かなことは言えないんですけど…」
「そんな遠慮とは今はいらないからぁ!」
「緊急事態なんだよぉ! 外れてても怒んないからぁ、言ってごらぁん!」
「は、はい! 多分、2年生の…料理部の、柳瀬先輩じゃないかな、と思います! 料理コンクールでいくつも賞を取って、何度も全校集会で表彰されてたから、顔覚えてたんですけど…他にも、二人くらい先輩っぽい人達がいて、その人達も多分…料理部の人達じゃないかな、と思うんですけど!!」

 しゃっちょこばって答える生徒の口から出てきた、予想もしなかった人物像に、俺達は戸惑い顔を見合わせた。

「料理部…ですって…?」
「親衛隊じゃ、ないのか…」
「もしかして、クラブ活動のことで、相談でもあったとか…かな? それで、遅れた…とか…」
「それにしたってー、連絡がないのはおかしいよー。なっちゃんは律儀だからさー、遅れるならー、そう言ってくるでしょー?」
「そうだよぉ! 僕等のメールに返信もくれないなんてぇ、絶対変だよぉ!」
「直接なっちゃんから話を聞かなきゃあ、納得できないよぉ!」
「そうですね…とにかく、なつきの顔を見ないことには安心できません。後を追いましょう。特別棟へ向かったそうですが…とりあえず、調理実習室から探してみましょう」
「賛成〜」
「「異議なぁし!!」」
「うっし、じゃあ行くか! 騒がせて悪かったな! おめーらも遅くならないうちに寮に帰っとけよ」
「は、はあ…」

 そうして俺達は、教室で得られた手がかりを元に、倉橋を見つけ出すべく、ぽかんと呆気にとられた様子の一年坊主たちをよそに、再び廊下を駆け出したのであった。


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