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「あれー、みこっちゃんじゃーん、ちーす!」
「ナーイスタイミン!」
「いいところに来てくれたじゃあん!」
「ちーす。優しくてイケメンな俺様から差し入れだぜ、って…何だお前等、すでに美味そうなもの食ってんなー」

 三木本にチャラく挨拶返しし、ビニール袋に入ったコーヒー缶をテーブルに置いて、スコーンを羨ましそうな目で見つめる大川先生。

「ミコト先生もよかったらどう? 俺の手作りなんだけどさ」
「おっ、いい子だなあ倉橋! つーか、これお前の手作りかよ、すげえな! うん、美味い! 気立てもいいし料理上手だし、言うことなしだな、倉橋は。どうだ、俺のヨメにこねーか?」
「ちょっと! なつきから離れなさい、このワイセツ教師!! セクハラで訴えますよ!!」

 倉橋の肩を抱いて頭を撫でる大川先生の間に、佐原が必死の形相で割って入る。

「佐原…お前見た目はふわふわなのに、中身がどうもとんがってるとこあるよなー。せ
っかく可愛い顔してんのに、そんなツンケンしてちゃもったいねーぞ」
「な…っ!! 誰がふわふわで、可愛いんですか! 失礼な!」
「褒めたのに怒るなよー。綺麗な顔が台無しだぞ」
「な…な、な…!」

 怒り心頭で言葉も出ないらしい佐原を置いて、降矢の双子が大川先生の両サイドから、両手をお願いのポーズに組んでずいっと迫る。

「ねぇねぇ、実琴せんせぇ、僕等からお願いがあるんだけどぉ」
「聞いてくれるぅ?」
「何だ何だ? 俺に出来ることなら構わねーぜ」

 大きな目を潤ませ、あざといまでの可愛さでおねだりする双子に、大川先生はだらしなく相好を崩して太鼓を叩く。

「なっちゃんをぉ、生徒会補佐に任命したいんだけどぉ」
「いいよねぇ? 認めてくれるぅ?」
「おう、いいぞ。倉橋を補佐にするんだな。本人の了承が取れてんなら、俺の許可は出してやる。
「軽っ!!」

 逡巡する素振りすらなく即断した大川先生に、思わず突っ込んでしまう俺。

 いや、ことがスムーズに済んでありがたいのは事実だが、もう少しこう…仮にも顧問なら、しかつめらしく補佐の必要性云々を役員等に問うべきだったりしないか…? 別に、いいけど…

「けど倉橋、お前料理部に入ったばっかだろ? 部活と両立は出来んのか?」

 そんな俺の想いを知ってか知らずか、大川先生が案じるようにそう倉橋に問いかける。

「あ…それは…」
「あれぇ? なっちゃん、部活に入ってなかったよねぇ?」
「えっと…ちょっと前に、入部届け出したんだけどさ…あ、でも大丈夫だよ! 補佐の手伝いする分には、問題ないと思うし…」
「何でみこっちゃんがそんなこと知ってんのさー? なっちゃんのクラス担任でもないのにー」
「だって俺、料理部の副顧問だもん」
「はぁ?! みこっちゃん、料理とか出来んのー?」
「食う専門に決まってんだろ。指導は家庭科の鶴岡先生にお任せしてるっつーの」
「うっわー、生徒会の名ばかり顧問以上にタチ悪いねー。職権濫用じゃーん」
「うっせーぞ、完成した品に品評を加えるのも立派な仕事だろ」

 …倉橋が部活に入っていたとは知らなかった。
 まだ学園に来て日も浅いし、加えて部活動にも入っているとなると、生徒会補佐との両立は大変なのではなかろうか。そう考え、俺は倉橋に声をかける。

「…部活入ったばっかなら、まだ色々慣れないこともあんだろ? 負担になるようなら、正直に言っていいんだぜ。俺達も、そこまで切羽詰まってるわけでもねえし」
「…本当に、大丈夫だよ。俺、料理部の幽霊部員だから…いても、いなくても変わんないし」

 寂しそうな声で言って、倉橋は苦笑する。

「だからさ…俺で役に立つなら、補佐の仕事。頑張るよ」
「…お前は、それでいいのか?」
「え?」
「せっかく部活に入ったのに…つまんねえだろ?」

 水泳部に入って、練習はきついけど充実しているし、素晴らしい仲間たちとも巡り合えた。あの部に入れたことを、俺は幸運に思っているのだ。倉橋にも同じ思いを抱いてもらいたいのだが、その妨げになってしまっているのではないか…

「いいんだ。俺はみんなの役に立てるなら、それで幸せだから」
「…お前がそこまで言うなら、それでいいけどよ…」

 自らに言い聞かせるような強い口調で断言する倉橋に、俺はそれ以上かける言葉を失ってしまう。

 どうすべきかを決めるのはあくまで本人なのだ。それ以上は、他人が口を挟める領域ではない。


 そうして、数日ののち、委員会による承認を経て、倉橋は恙無く生徒会補佐として任命された。
 生徒会役員等も時折倉橋へのスキンシップが暴走しそうになるものの、おおむね平穏に日々の活動を送れていた。

 このまま、全てが上手くいくように思われた。
 だがしかし、波乱はすぐそこまで迫っていたのである。


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