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「皆、お仕事お疲れ様! なんか、話があるって聞いたから来たんだけど」

 両腕に降矢兄弟をぶら下げて、倉橋が生徒会室の扉を開けひょっこりと顔を覗かせる。

「なつき、わざわざすみません! どうぞ入って、かけてください」
「ありがと、桃李。そうだ、これ差し入れ! さっき焼いたスコーンなんだけど、よかったらお茶受けにどうぞ」

 駆け寄る佐原に持参したバスケットを渡す倉橋。こちらの都合で一方的に呼び出したのに手土産まで持参するとは、全く申し訳ない限りである。

「わあ、ありがとー、なっちゃん! 今紅茶淹れるからねー、待っててよー」
「うん、サンキュー! 桃李、皆の分のお皿借りてもいいかな」
「あ、手伝います、なつき!」

 三木本が給湯室でお茶を用意している間に、倉橋と佐原がテーブルの上にお菓子を広げてゆく。

「すごぉい…美味しそぉ…!」
「いい匂い〜!」

 形は若干不ぞろいだが、香ばしい香りを放つスコーンに、小さな容器に入った色鮮やかなジャム、ねっとりした乳白色のクリームがテーブルに並べられ、そこに三木本が淹れたお茶も加わり、生徒会室は一気にお茶会の場へと変貌した。

「クロテッドクリームと、お好きなジャムをたっぷり塗って、召し上がれ」
「「うわぁい、いっただっきまぁーす!!」」

 真っ先に降矢兄弟が手を伸ばし、それに負けじと他の役員もそれぞれにお菓子を口へと運んでゆく。仕方がないのだ、伸び盛りの男子高生、いつでも腹は空腹なのである。

「美味しいよ、なつ…ありがとう」
「本当に…なつきの作るお菓子は、どんな店で食べるよりもよほど、美味しいです」
「あはは、桃李ってば大袈裟だなあ」
「スコーンもうめーけど、このジャムもすげぇ美味いな!」

 イチゴやブルーベリーの形がそのまま残った綺麗な色のジャムは、甘さが押しつけがましくなく、口に含んだ瞬間に果物の香りが一杯に広がって、売り物とは比べ物にならない美味しさなのだ。

「へへ、このジャム、俺の母さんが趣味で作ってるんだ。沢山送ってもらったんだけど、俺一人じゃ食べきれないしさ。皆で一緒に食べる方が美味しいし、楽しいから」
「お袋さんの手作りか…相伴に与れて光栄だぜ。マジ美味かったから、また次もぜひ!ってお礼言っといてくれよ」
「各務、君ね! 図々しいにもほどがあるでしょう!!」
「いいんだって、桃李。母さんも褒められて嬉しいだろうしさ! あの人、人に色々贈り物するの大好きなんだ」
「お母さん、なっちゃんにそっくりだねぇ。お料理上手で、優しくってぇ」
「それを言うなら、なつが、お母さんに似てる、じゃ?」
「どっちでもいいよぉ。なっちゃんが可愛いことに変わりないじゃあん」
「…俺、なっちゃんの作るお菓子、大好きだよ。あったかくって、優しくって…なっちゃんの真心とか思いやりとか、そういう綺麗なものが一杯に詰まってるのが、伝わってくるからさ…」

 役員達がわいのわいの騒ぐ中、三木本が一人、手に持ったスコーンをじっと見つめながら、そんなことをぽつりと呟く。いやにしみじみとしたその一言に倉橋は、照れ臭そうに微笑んだ。

「…ありがと、秋成」

 見つめ合う二人の間に、何とはなしにいい雰囲気の空気が流れかけたのを遮るように、佐原がわざとらしく大声を出す。

「あっ、と! そういえば降矢達、なつきに話があるのでは?」
「そぉだったぁ! あのねあのねなっちゃあん、僕等からお願いがあるのぉ…」
「なっちゃんにねぇ…生徒会のぉ、補佐になって欲しいんだぁ…」
「生徒会、補佐…って、なんだ?」

 耳慣れない単語に、倉橋が戸惑った声で首を傾げる。

「簡単に言っちゃえばぁ、僕達のお手伝いをして欲しい、ってことなんだぁ」
「僕達、生徒会のお仕事が大変過ぎてぇ…どーしてもぉ、手が足りなくなっちゃう時があってぇ…そう言う時にぃ、お手伝いしてもらえたら嬉しいなあ、って」
「でも俺、選挙で選ばれたわけでもないのに…」
「その点については大丈夫です。僕達生徒会役員の推薦と、顧問の許可、それに各委員長の了承が得られれば、補佐として認められますから。ただ、あくまで補佐ということで、生徒会役員と同等の特権等は付与することが出来なくて、心苦しいのですが…」
「…皆は、俺でいいの?」

 佐原の説明を受け、倉橋は役員一人一人の顔をじっと見渡す。

「なっちゃんがいいんだよぉ!」
「そぉだよお! 他の人じゃダメなのぉ!」
「ええ…なつきだからこそ、お願いしたいと思うんです」
「なっちゃんとならー、楽しくお仕事出来そうだしねー」
「なつ…突然、こんなお願いして、ごめん…なつなら、皆を助けられる、そう思うんだ」
「俺は別に誰でも構わねえけどな。ま、またあの美味い菓子が食えるなら歓迎するぜ」

 俺たち一人一人が、こちらをうかがう倉橋に力強く肯き返す。
 それを受け、倉橋は白い頬を赤く染め、照れ臭そうに微笑んだ。

「うん…じゃあ、やってみる」
「「やったぁあああ!!」」
「これからよろしくねー、なっちゃん」

 飛び上がって喜ぶ双子に、ちゃっかり倉橋と握手を交わす三木本。騒々しくも楽しそうな役員の姿に、俺は織田と眼差しで苦笑を交わし合った。
 これからますます賑やかな生徒会室になりそうだが、倉橋の存在があればぎすぎすした空気に包まれて仕事すらままならなくなる…といった事態にはなることはないだろう。倉橋が生徒会に加わることによる利益と弊害を合算しても、マイナスになることはなさそうだ。

「後は、生徒会顧問の許可と、委員会での承認を採れば…」
「よーう、頑張ってるかお前等―!」

 佐原が顎に手を当てそう呟いた時、まさに話題のその人物が扉を開けて入ってくる。
 生徒会顧問の大川実琴先生だ。今日も相変わらず、ホストやアイドルと見紛わんばかりのきらびやかさである。


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