「おー、どうにか間に合ったな」

 書類を受け取った生徒会顧問の大川が、ほっとしたように笑う。
 俺のクラス担任でもある大川は、ホストのようなチャラチャラした外見をしている癖に、中身は割と真面目でしっかりとした人間だ。俺は彼を、教師として信頼している。
 しかし、食堂のおばちゃんを除けば、他は野郎しかいないこの学園で、一体誰にかっこつけたくてこんなに飾り立てているのだろう。俺はいつも、それが不思議でならない。

「ご心配をおかけしました」
「それよりお前、目の下のクマがすげーぞ。寝てないんじゃねーのか? あんまり無茶するなよ」
「いえ、この程度。何でもありませんから…」
「そーやって、何でも一人で背負い込んじまうのがお前の悪い癖だぞ、各務。幸い、今期の生徒会役員は成績優秀者ばかりなんだ、もっと周りに頼ってもいいんだからな」
「…ありがとうございます」

 好きで背負い込んでいるわけではない。断じてない。

「ほい、じゃあお疲れさん。部屋に戻ってゆっくり休めよ」
「はい。失礼します」

 今回は何とか切り抜けられたが、毎回こんな調子でいいはずがない。
 何とか、他の役員達を引っ張り出さなければ…
 生徒会室を戸締りしてから、俺は寮への道をふらつく足取りでたどった。




 私立桜坂学園。

 良家の子弟の健全な育成のために建てられた、全寮制の男子校である。
 文武両道をモットーにしているこの学園は、授業内容や部活動、学校施設の充実にも力を入れており、名家の子弟らに相応しい教育を施す傍らで、全国各地から学業やスポーツに優れた生徒を特待生として受け入れていた。かくいう俺も、その一人だ。
 ごく普通の一般庶民である俺が、大金持ちの坊ちゃん連中とうまくやれるものか、初めは心配しないでもなかったが、金持ちと言えども一皮むいてしまえば同じ人間。それなりに、何とか今までやってきたつもりだった。

 だが、どうやら俺は、まだまだ甘ちゃんだったらしい。生徒会長に就任してから初めて向けられた反感に、戸惑い、上手い対策を打てないままでいる。情けない話だ。

 やたらと広い敷地内を足を引きずるように歩き、俺はようやく寮へとたどり着いた。
 ふらふらと覚束ない足取りで歩いていた俺は、飛び込んできた衝撃的な光景に目を見張った。
 寮の談話室に、奴等がいたのだ。

 生徒会に来ようとしない、生徒会役員達が。

「てめぇらぁああああ!! 仕事サボってこんなところで何してやがる!!」

 思わず俺は、生徒の見本たるべき生徒会長らしからぬ、下品な口調で怒鳴っていた。
 …まあ、今更だ。生徒会長になったから、急に俺が品行方正になるとは誰も思わないだろう。

「おや、誰かと思えば、庶民出の会長様ではありませんか」

 爽やか王子とのニックネームも名高い、副会長の佐原桃季(さはらとうり)がわざとらしく振り返る。

「貧乏暇なしと言いますが、まさにそのことわざを体現しているようで、何よりですね」

 ニックネームの由来となった笑みは、爽やかには程遠い。むしろ、腹黒いと言って差し支えないだろう。
 俺と佐原の間に、見えない火花がバチバチと散る。

「各務! こっち来いよ、一緒にシュークリーム食おうぜ!」

 ぎすぎすとした空気にも気付かず、呑気に手を振ってきたその人間こそ、諸悪の根源。
 夏休み明けに転校してきた一年坊、倉橋なつきだ。
 もっさりとした黒髪が目元を隠すように覆い尽くしており、見ていて非常に鬱陶しい。俺が親なら八分刈りに刈り上げてやるところだ。

「ダぁメだって、なっちゃん。あんなエロ会長に近付いたら、3分で妊娠させられちゃうからねー」

 ふざけた戯言をほざくチャラ男は、会計の三木本秋成(みきもとあきなり)。
 処女どころか野郎を懐胎させられるのなら、俺はもはや神だろう。その暁には、真っ先にテメェらに天罰を下してやる。

「僕等がいるんだからぁ、会長なんていらないじゃーん」
「そーだよお、仕事中毒の人なんてほっといてぇ、僕等とおしゃべりしようよぉ」

 甘ったるい口調で倉橋の腕にまとわりついているのは、双子ながら庶務になった、降矢雄介(ふるやゆうすけ)、大輔(だいすけ)兄弟。女めいたルックスの彼等には、腑抜けた口調がよく似合っているのだが、そのイラッとくる内容に、俺は額のシワをより一層険しくさせる。中毒にはなってないから、まだ。

「なつ…」

 馬鹿でかい図体ながら寡黙で臆病な書記、織田正巳(おだまさみ)が、甘えるように後ろから倉橋に抱きつく。ごつい身体で甘えて見せたって、可愛くも何ともねーから!

「何でそう喧嘩腰なんだよ。皆で仲良くしようぜ」

 まるで俺を庇うような発言をする倉橋に、俺はブチ切れそうになる。
 ふざけるな、一体誰のせいでこうなったと言ってやりたい。

 顔立ちも分からないほど長く伸びた野暮ったい黒髪に、モヤシのように貧弱な体つき。
 どう見ても人を惹きつける外見ではないのだが、俺を除く生徒会メンバーにとっては、倉橋がマリリン・モンローばりにセクシーでキュートに見えるらしい。
 出会って一週間足らずの転校生に、そろって夢中になった挙句、互いをけん制するために、生徒会の仕事もほっぽり出して、倉橋のご機嫌取りに終始しているという次第なのだ。


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