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「はーい、みんなぁー、ちゅうもーく!!」
「僕等からぁ、重大な提案がありますぅ!」

 降矢の双子がどんぐり眼を輝かせて、生徒会室中に響くような大声でそんなことを言い出した時、俺は興味を抱く余地すらなく、嫌な予感しか覚えられなかった。
 というのも、大概のことに置いて、あの双子と俺の利害が一致することがないからだ。あの二人にとって『いいこと』ならば、俺にとっては『よろしくないこと』になるであろうことは、火を見るより明らかだ。
 俺は露骨に顔をしかめて二人を見やる。

「お前等…今度はまたどんな厄介事を思いついたんだ? 頼むから、面倒だけは起こしてくれるなよ」
「うるさいなぁ、人が話す間ぁ、黙って待ってられるくらいの辛抱もないんですかぁ?! いやしくも庶民の身で生徒会長を名乗るつもりならぁ、せめてそのくらいの常識は身につけてよねぇ!」
「そぉだよお! 対案も出さないくせにダメ出しと文句だけは一丁前の頭でっかちはぁ、せめて口を噤むくらいの慎みを持ってくださぁい!」

 愛玩犬がきゃんきゃん吼えるような姦しさで憎まれ口を返してくる双子達。相変わらず、顔は可愛いのに、中身はとことん可愛くない奴等である。

「おめーらなぁ! どうせまた益体もないくだらねーことしか言わねえンだろ!」
「ぶーだ! 生徒会のためにもぉ、僕等のためにもなるぅ、とっても有益な申し出でぇす!」
「ふん、偉そうな口聞いたところで、ロクなこと言った試しがねーだろうが」
「むっかつくぅ! 聞きもしないうちから否定しないでよねぇ!」
「これだから育ちの卑しい一般庶民はイヤなんだよねぇ! 貧乏ったらしくて堪え性がないったら!」
「二言目にはいつもそれだなテメーらは! 九官鳥の方がまだ語彙があるぜ!」
「何をぉ〜?!」
「あンだよ!!」

「全く…子供の喧嘩ですか、君達は」

 ガンを飛ばし合う俺達の間に、佐原が呆れたような溜息をついて割って入る。

「…それで? 降矢達、一体何を言うつもりなんですか?」
「そうそう、会長の下らない口喧嘩に付き合ってる場合じゃなかったぁ。僕等の提案とはぁ、他でもありませぇん!」
「倉橋なつき君をぉ、生徒会補佐として推薦したいと思いまぁす!」

 胸を反りかえらせてのたまった降矢達の発言に、役員一同は目を丸くした。

「補佐?」

 先日、佐原が話題に上げた制度だ。あの時は結局時間的な猶予がないということで、利用することなく終わったのだったが…

「なつきを…?」
「補佐に?」

 驚く役員たちに、降矢達は媚びるような上目遣いで滔々と訴えかける。

「やっぱりぃ、庶務担当が僕ら二人だけだとぉ、業務が大変でぇ、仕事も滞っちゃうしぃ」
「補佐を付けて手伝ってもらった方がぁ、生徒会の運営も円滑に進むしぃ、僕等の負担も軽減されるしぃ…」
「おめーらは本当に楽することばかり考えやがって…今年度は特例で二人も庶務がいるんだから、例年より大分恵まれてるはずだろ」

 俺様はごく真っ当な突っ込みを入れるのだが、双子はそれを華麗にスルーし、なおも切々と補佐の重要性を皆に説き続ける。

「それに何よりぃ、なっちゃんが生徒会にいてくれたら、すっごぃ癒されると思うんだぁ!」
「なっちゃんが優しく『お疲れ様』って労わってくれるだけでぇ、元気百倍になっちゃうよぉ!」
「そーだねぇ。なっちゃんの笑顔、癒し系だもんねー。ツラーイお仕事もー、頑張ろうって気になるかもー」

 もともと倉橋に好意的な三木本が、あっさりとそれにほだされかけている。

「お仕事の合間にぃ、お茶とお菓子を出してもらったりしてぇ…なっちゃんの淹れるお茶は、すっごーく美味しいんだからぁ」
「ええ…なつきのお茶は、温度や味、香りも素晴らしいですものね…」

 ほう…と、どこかうっとりと息を吐き、頬を染める佐原。こいつもすでに落ちかけている。

「お菓子作りだってぇ、プロ顔負けの腕前なんだよぉ」
「確かに美味かったな、あれは…」

 この前、倉橋に分けてもらったアップルパイの味を思い出し、俺は口中に唾液が溢れ出すのを感じた。
 ハッ、いかんいかん、俺もあっさり流されかけているではないか!

「はあ?!何それ! 会長、いつなっちゃんの手作りお菓子食べたのぉ?!」
「興味ありませぇん!みたいな顔して、いつの間になっちゃんに近付いたのさぁ!!」
「や…この前、偶然…」

 可愛らしい顔を般若の面のように険しくさせた双子に気圧されるように、俺は先日の一件を説明する。

「そっか…全ての元凶は爽やかクンかあ…」
「あいつ、嫌いなんだよねぇ。イケメンで、人当たりもよくってぇ、スポーツ万能とか、万能過ぎてムカつくよねぇ」
「二物も三物も持ってる爽やかイケメンなんてぇ、滅びちゃえばいいのにぃ!」
「あ、でもぉ、桃李君は嫌いじゃないよぉ。カッコいいっていうより美人系だしぃ、爽やか王子って言われてる割に笑顔が胡散臭いしぃ」
「クールぶってるけどぉ、男にお尻狙われちゃうようなかわいこちゃんだもんねぇ。微笑ましくって笑えちゃうから大好きだよぉ」
「これっぽっちも褒め言葉にならない賛辞をどうも」

 散々に貶されて、さすがの佐原も頬を引き攣らせる。佐原相手にここまで遠慮のない物言いをする降矢の双子…恐れ知らずにもほどがある。

「それより降矢達、新たに補佐を任命するつもりならば、当のなつきの承諾は、当然得てあるんですよね?」
「実はぁ〜」
「ま☆だ」

 てへ!と笑って首を傾げる降矢達に佐原が呆れた眼差しを向ける。

「君達ね…物事には順序というものがあるんですよ」
「大丈夫だよぉ、なっちゃん優しいもぉん。僕等がお願いしたらぁ、きっと喜んで引き受けてくれるよぉ。部活動とか委員会にも入ってないみたいだしぃ」
「だから先にぃ、皆の賛成を貰ってからぁ、なっちゃんに頼みに行こうと思ってぇ。なっちゃんもきっとその方がぁ、変に遠慮しなくて済むだろうしぃ」
「そーか? むしろプレッシャーになるんじゃねーか? そこまで根回しされたら断ろうにも断れねえだろ」
「あ、会長に意見は求めてませんからぁ」
「とゆーわけでぇ、皆の賛否を確認しまーす」

 またしても俺をシカトし、降矢達は他の役員達へと向き直る。

「なっちゃんを補佐に推薦しても、構わないよねぇ?」
「俺はいいとおもうよー。なっちゃんと一緒にいれるんならー、どんなことだろうと大歓迎」
「僕も…なつき本人が、受け入れてくれるのであれば、同意しましょう」
「なつが、迷惑じゃないなら…」

 三木本、佐原、織田が次々と承諾の言葉を告げる。

 くそ、初めから尋ねられてもいないが、どっちみち俺一人反対したところで多数決で決定だ。

「よーしぃ、んじゃあ決まりだねぇ!」
「総員一致でなっちゃんの補佐推薦けってーい!」

 双子がパン!とハイタッチを交わして喜びあう。

「じゃあ、今からなっちゃん呼んでくるから待っててねぇ!」
「放課後もなっちゃんを独占できるなんてぇ、役得だよねぇ…」

 …またしても、厄介事の種が…

 軽やかな足取りで生徒会室を飛び出してゆく双子の背中を見送り、俺は今後を憂い大きな溜息を吐いたのであった。


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