21

 再びそこに、桐嶋の指が宛がわれる。先程は一本だけであったのが、今度は二本に増やされて。

「はぁ…っ…」

 十分に解されたその場所は、倍の太さになった指を難なく飲み込む。俺の身体も、何かと融通のきく奴である。

「各務様、声は我慢なさらないで下さいね。その方が身体をリラックスさせられますから」

 喉を逸らせて入りこむ瞬間の衝撃を逃した俺に、桐嶋がそんな無茶を言ってくる。

「…って。野郎の喘ぎ声とか、寒くねぇ…?」
「いいえ…とても艶やかでセクシーで、ぞくぞくします」
「…興奮すんの?俺の声で」
「ええ、とても」
「ふうん…じゃあ、我慢しねえから。引くなよ」
「はい。頑張って、各務様の好いところを刺激して、沢山好い声を聞かせてもらいますね」
「エロ親父…」
「各務様の御ためなら、喜んでエロ親父になりましょう」

 そんな戯言のような睦言を交わしながら、俺達は行為の続きに没頭した。

 さすがは百戦錬磨のつわものたる桐嶋の言葉だけある。時が経つほどに俺の身体は前立腺への刺激を自然と受け入れるようになり、それを素直に快楽として呑み込めるまでに至った。全てのことがスムーズに運ぶかと思われたが、そうは問屋が卸さぬようで、思わぬところに難所が待ち構えていた。

「三本目、入りそうですか…?」
「ちょ…キツイ…」

 指二本まではすんなりと押し込めることが出来たのだが、そこからさらに指を追加しようとした途端、俺の穴は柔軟性を失ったかのごとく頑なになり、三本目の侵入を拒んだのだ。
 強引に押し入れれば入らないこともないだろうが、そうなればそこは裂けてしまうかもしれない。この歳で痔持ちになるのは勘弁被りたい。水泳にも支障が出るだろうし。

「各務様、リラックスして…あまり、意識せずに」
「してる、けどっ」
「ジェルの滑りは足りているようですし…各務様、少し息を吐いて」
「ん……いってぇ!!」

 促されて息を吐いた瞬間を狙い澄まして桐嶋が指を進めようとしたのだが、少し入りこんだ瞬間、ピリ!と鋭い痛みが身体を走り、俺は悲鳴を上げた。打たれ弱いつもりはないが、あんな場所の痛みには耐性がほとんどないのだ。これ以上はとても耐えられそうもない。

「桐嶋…ダメ、無理っぽい…」

 情けなくも俺は泣き言を上げる。

「そうですね…無理はしないでおきましょう。今回は拡張が目的ではありませんしね。前立腺の快感に慣れていただければ十分です。では、最後に…各務様には、ここの刺激だけで達していただくことにしましょうか」
「えっ?! 前は触ってくんねーの?!」
「ええ。始めてからずっと、後ろにしか触れていませんでしたが、それでも十分心地よくなっていただけたようですしね」

 桐嶋が微笑んで、完全に勃起した俺のものを指先でツ…となぞる。

「でも…イくのはさすがに、触らないと無理だって…」
「あともう少し頑張ってくだされば、きっともっと気持ち良くなれますよ」
「無茶言うぜ…まあいい、好きにしろよ。イかせられなかったら承知しねーからな」
「ええ、もちろんです…各務様」

 言葉を交わしている間制止していた指先が、再びゆるりと動き始める。けして激しくはないが、物足りなさを覚えるほどには優しくもない。初心者の俺にちょうどいい、絶妙なバランスの強さで内部を刺激してくる。

 桐嶋の愛撫に身を任せようとした俺だが、じきにあることに気付いて眉をひそめた。
 先程までしつこいほどに責め立てていた前立腺に、指先が触れないのだ。
 この短時間でその場所が分からなくなるはずがない。桐嶋は、あえてポイントを外してきているのだ。

「桐嶋…お前…」
「どうなさいましたか、各務様」

 じっとりと睨みつける俺に、おっとりと微笑み返す桐嶋。

 こいつ…! しらばっくれやがって!

 前立腺に触れぬ愛撫も確かに気持ちいいのだが、目も眩むほどのあの衝撃に比べれば、どうしても物足りない。

「…そこ…ちが…」
「違う、とは?」
「そこじゃない…足りない…」
「では、どこがいいのでしょう? …仰って下さらなければ、分かりませんよ…?」

 分かっている癖に、敢えて俺に言葉で言わせようとしている。
 羞恥と屈辱に頭が沸騰したように熱くなるが、あの快感が欲しいという欲求に抗いきれず、俺は促されるままに、己の欲望を言葉に乗せて吐き出した。

「もっと奥…俺の腹の、裏…」
「ここですか…?」
「んっ…そうだ…」

 望む場所に触れられて、俺はこくこくと首を振った。だがしかし、刺激は一向にやってこない。桐嶋が指を動かそうとしないのだ。

「…ここを、どういたしましょうか」
「押して…強く…、突いて…抉ってくれ…っ!!」
「…畏まりました、各務様」

 焦れた俺が、思い出すだに恥ずかしくなる台詞を吐き出し終えると同時に、ようやく待ち焦がれていたものが与えられる。
 大声でわめいた通りのことが施され、目の前にチカチカと星が散るほど強烈な快感を俺は得た。

「うああっ! そこ、そこだ…っ! もっと…!」
「仰せのままに」

 貪欲に求める声に応じ、桐嶋の手が一層激しく俺の身体を責め立てる。
 前立腺へ加えられる刺激がじわりと全身へと広がってゆく。腰は溶けたように熱く痺れ、太股や足先がぶるぶると小刻みに痙攣する。脊髄を電流が駆け抜け脳へと到達し、頭の中が真っ白にスパークする。

 もう、何も考えられない…!

「ああ…っ!」

 泣き声のような悲鳴を上げて、俺は昇り詰めた証を吐き出した。
 途端にドッと疲労に襲われ、はあはあと肩で息をしながら、全身をベッドに投げ出した。

 ああ…本当に前立腺刺激だけで達してしまった…。初めてだというのに、俺も相当のスキモノである…

「お疲れ様です…各務様。ご満足いただけたようで、何よりです」

 俺が達したのを見届けた桐嶋は頬を染めて微笑んで、身を起こした。
 何気なしにその様子を見つめていた俺は、ズボンを履いたままの桐嶋の股間が大きく膨らんでいることに気がついた。

 そうだ、俺は自分ばかり与えられて満足していたが、桐嶋は何も得られてはいないのだ。これではあまりに気の毒というものだろう。

「待てよ、お前もしてやる。勃ったままだと辛いだろ」
「ありがとうございます。ですが、今各務様に触れられては止められなくなってしまいますから…どうかお気になさらず。私は後で何とでも処理できますから」
「我慢しなくて良いっつってんのによ…かっこつけ野郎」
「ふふふ…私も男ですから、好ましく思う相手の前ではいい恰好をしたいんですよ。こうして各務様にご奉仕し、気持ち良くなっていただければ、今は十分満足なんです」
「満足ね…お前、されたい方だって前言ってなかったか?」
「奉仕される方が性に合っている、ずっとそう思ってきましたし、肉体的な快楽はその方が大きいことは確かです。けれど各務様、あなたにだけはどういうわけか、奉仕したいと思ってしまうんです。私自身が快感を得るよりも、あなたに気持ち良くなっていただく方が、ずっと満たされる。こんな想いは、初めてなのですが…」
「…そーかよ」

 ふふ…と心底幸せそうに微笑む桐嶋に、照れ臭くなりぶっきらぼうに目を逸らしてしまう。
 気恥ずかしいことだが、本当にこいつに大切に思われているのだ、と痛感してしまったのだ。

 確かに俺は自他共に認める良い男ではあるが、それでもあくまで男だというのに。そんな男なんぞに入れ込んで、桐嶋は本当に馬鹿だ。大馬鹿野郎である。

「さて、すっきり吐き出しましたし、身体の方もさっぱりさせましょうね。各務様、タオルをお借りしても?」
「俺の始末ならティッシュで十分。どうせ朝シャワー浴びるしな…」
「そうですか? では今はこれだけで済ませておきますね」

 いそいそと後始末をする桐嶋の隣で、俺は大きな欠伸を一つ。

 今日は何だか、色々疲れた…

「お疲れのようですし、今日はこれで失礼いたしますね」
「ん…」
「そうだ。各務様、よろしければこれ、お使いください。いつ何どき必要になるか知れませんので」

 そう言って桐嶋が差し出したものは、四角い小さなパッケージ。うっすらと、リングの形状が浮かび上がっている。何のことはない、コンドームだ。

「いらねー…お前、いつも持ち歩いてるんだろ…」

 面倒臭そうに返す俺に、桐嶋は一瞬目を見張り、嬉しそうに笑みを浮かべる。

「それは…私としか、こういうことをするつもりはないのだと、そう受け取ってよろしいのでしょうか?」
「ん…今のところは、そうだな…」
「あなたという方は、本当に…」

 桐嶋は片手で顔を覆って笑いだす。

「光栄です、各務様。今日のレッスンはこれでお終いですが、次はもう少し、ステップアップしてみましょうね」
「ん…」

 半分眠りかけた声で返事をする俺の頬を、桐嶋の手がそっと撫でて離れてゆく。

「お休みなさいませ、各務様。槇野君には私から連絡を入れておきますね。今晩は、ゆっくりとお休みください」

 優しい声に包まれて、俺は心地よい疲労に身を任せ、眠りに落ちていった。


| TOP |
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -