15

「ナツ!待ってたぜー!」
「お疲れ様! 差し入れ持って来たよ」
「…こんな場所になつきを呼び出すんじゃねーよ。つーか、離れろ」

 がばりと倉橋の肩を抱く須藤に、さらにその後ろから現れた影が蹴りを入れる。

「いってーよ、キョウ! でもサンキューな、ナツを送ってくれて」
「…二人っきりになんかさせるわけねーだろ」

 不機嫌という概念を擬人化したならば、このような姿になるのだろうと言う顔で、不良もどきの一匹狼が吐き捨てる。

「残念! でもま、今回はキョウが付いてきてなくっても、二人っきりにはなれなかったけどな」
「あ?」
「仲が宜しくて大変結構なことだな、一年坊主ども」

 存在を完全に無視された不愉快さを前面に押し出しながら、俺は一年生トリオに笑いかけた。
 この俺様のような超絶イケメンをシカトするとは、全く、節穴にもほどがあると言うものだ。

「あれ、各務もいたんだ?」
「…何で、他の奴までいる?」
「うん、そこでばったり出会っちゃってさ」

俺を見た不良坊主は露骨に顔をしかめる。

「ち…てめえだけでもうぜぇってのに、余計なオマケまでついてんのかよ…」

 暴言に加え舌打ちまでされ思わずカチンときてしまった俺は、感情に素直に従い、一匹狼に舌鋒を向けてやることにする。

「別に、お前等に会うために待ってたわけじゃねえけどな。一匹狼気取りで傍若無人を装う癖に、随分と自意識過剰なんだな」
「ああ?喧嘩売ってんのかよ、テメェ…」
「まあまあキョウ、俺が先輩を引き留めちまったんだって。だから、そう突っかかってくれるなよ」

 額に青筋を立てる不良坊主を、須藤は苦笑顔で宥める。

「てめーらの都合なんざ知ったことか。俺はなつきに付き添ってるだけだ。こんな時間に、いかにも人気のねえ場所に呼び出しやがって…」
「しゃーねーだろ、部活後だもん、腹減るんだって。ナツからの差し入れで、気力体力を回復しねーと」
「じゃあ、さっそく食べてもらわなきゃな! 今日はアップルパイを持ってきたんだ。紅茶も淹れてきたし、今用意するから…」

 そう言って倉橋がいそいそとバスケットを開けば、甘ったるくも香ばしい香りが周囲に漂う。

「んー…いい匂い、すげぇ美味そう! 愛してるぜ、ナツ!」
「もー、お茶が零れるだろ。こういう時だけ調子いいんだよな、貴史は」

 取り出したポットからカップにお茶を注いでいた倉橋は須藤に抱きつかれ、苦笑しつつも嬉しそうにそう返す。そんな仲睦まじい姿に、面白くないのは一匹狼だ。

「だから、べたべたすんじゃねー! なつきが困ってんだろうが、離れろ!」
「いって! 今マジ蹴りしたろキョウ!」
「てめーがしつこいからだ!」
「だからって脛にマジ蹴りはねーだろ! 俺一瞬涙出たぜ?!」
「もう、喧嘩するなよ、貴史もキョウも! ほら、パイあげるから食べて食べて」

 今にも喧嘩をおっぱじめそうになった二人だったが、倉橋にアップルパイと紅茶のカップを差し出され、渋々口論を取りやめる。

 …二人の手のかかる子供を抱えた母親のようだな、倉橋よ…

 またしても俺は、倉橋に同情してしまう。生徒会と言い、一年坊主たちと言い、灰汁の強い輩に好かれると言うのも、なかなかに大変なものだ。奴等の親衛隊メンバーはそんな倉橋に嫉妬しているようだが、この姿を見てしまえば、嫉妬心よりも同情心の方が湧いてくるのではないかと俺は思う。

 そんな刺々しい雰囲気を残しながら、須藤と一匹狼はアップルパイを頬張り、そして表情を変えた。

「うっめぇ!」
「…うまい…」

 二人の口から、異口同音に賞賛が飛び出す。

「よかったー! まだ旬には早いかなと思ってたんだけど、ちょうど林檎が手に入ってさ。母さん直伝のレシピ、試してみたくなったんだ。初めて作ったから上手に焼けるか不安だったんだけど、失敗しなかったみたいでラッキーだったよ」

 目を輝かせて一心にアップルパイを貪る二人の姿に、倉橋は安堵と喜びの声を出す。

「さっすがナツ!初めて作ってこの味が出せるなんて。お菓子を作らせたら天下一品だな!」
「当然だろ。なつきが作るものに、まずいものなんてあるわけねえ。飯だろうが菓子だろうが完璧だ」
「ハハッ、キョウはナツの料理が大好きだな。母さん自慢する子供みてえ!」
「羨ましいなら、素直にそう言えよ。いつでもなつきの手料理が食える、ルームメイトが妬ましいってな」
「もー、だから喧嘩は駄目だってぇ!」

 またしても賑やか過ぎる会話に突入しかけた一年トリオを見やり、俺は首を傾げ問いかける。

「もしかしなくてもそのアップルパイ、倉橋の手作りなのか?」
「うん。俺、お菓子作りが趣味なんだ! だから時々、キョウや貴史、それに桃李達にも味見してもらってるんだよ」
「へー…」

 そう言えば、以前にも生徒会の面々が倉橋の菓子云々で騒いでいたような気がする。
 しかし、菓子作りが得意だとは…女みたいに細っこいだけでなく、趣味まで女々しい奴だ…

「男なのに料理が趣味なんて、軟弱な奴だって思った?」
「うっ」

 まさにそう思った瞬間、倉橋に胸の内を言い当てられる。

「わ、悪い…」

 図星を突かれ焦る俺に、倉橋がクスクス笑う。

「いいよ、言われ慣れてるから」


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