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「…やってらんないんだけどぉ」

 案の定、降矢の片割れは頬を引き攣らせ、アンケート束を放りだした。

「本当ぉ、ありえなぁい…なぁんで僕等がこんな雑用しないといけないのお?!」
「生徒会役員なんてぇ崇めておいてぇ、実際はぁ、ただの使いっ走りの下っ端じゃあん!」
「庶務になんてぇ、なりたくなかったのにぃ!!」
「生徒会なんてぇ、会長になれなきゃ意味ないんだよぉ!!」

 ヒステリックにわめきたてる降矢兄弟に、俺は込み上げかけた溜息をぐっと飲み込む。

 確かに、倉橋の頼みを聞いて、役員等は生徒会室に出てくるようにはなった。
 だが、結局のところ、問題は何も解決していないのだ。
 生徒会としての体裁だけは繕っていても、生徒会としての心構えができていない。
 三木本や双子達の言葉を聞いていると、つくづくとそう感じる。

 こんな状態の生徒会では、生徒のためにも、何より役員本人のためにもならない。このままでは駄目だ。なんとかして奴等の心を変えなければ…

「生徒会ってもんはな、お飾りの地位じゃねえんだよ。生徒がよりよい学園生活を送るために、身を粉に尽くす、そんな存在なんだ。勲章やメダルみたいに、役員の名称を手に入れて満足するもんじゃねえ。生徒のために何を成すか、生徒会役員になる意味はそこから生まれてくるんだ」
「はぁ?意味わかんなぁい? 世の下民たちはねぇ、僕等を愉しませるために存在してるんだよぉ」
「僕等が誰かを愉しませるために尽くすぅ? そんなの本末転倒でしょお」

 人が心を込めて語っているというのに、こやつらは。開いた口が塞がる暇もねえ。
 先程までの殊勝な気持ちも吹っ飛び、俺は感情のままに突っ込んだ。

「おめーらは天下人か! さっきから人が黙って聞いてりゃ、ぐちぐちと文句ばっかり垂れ流しやがって!! アンケートの集計くらいでへたってんじゃねーよ、実際に身体動かす体育委員の方が、おめーらの何倍も大変なんだぞ!!」
「一緒にしないでくれますぅ?! 体育委員は皆、自分で志願してるんだからぁ、それなりの苦労を追う覚悟は初めからできてるでしょお?」
「でもぉ、僕等は違うもぉん!! やりやくてぇ、庶務やってるわけじゃないしぃ!!」
「う…」

 確かに、双子の言葉にも一理ある。生徒会役員の選出方法にも問題がないわけではない。
 生徒会役員は本人の意思ではなく、完全なる推薦制で選ばれるため、能力があっても意欲がない人間が役員となることもあるのだ。まったくの無報酬というわけではないが、大企業の御曹司たる降矢達にとっては取るに足らない恩恵だろう。役員としての名誉も、生徒会長や副会長ならばともかく、庶務程度では正直微妙だ。役員への就任を辞退することもできるが、そうしてしまうと、誰も表立っては言わないだろうが、逃げ出した…職務を放棄した…などと、批判に晒される立場になる…という事実もある。
 一旦選ばれてしまえば、役員就任への道はほぼ決定付けられてしまうのだ。
 望んで生徒会に入ったわけではないのに仕事を押し付けられれば、不愉快に思っても仕方がないだろう。

 だけれども…

『生徒会なんて、雑用ばっかで面倒かもしれねえけどよ。でかい仕事をやり遂げた後には、すげえ充実感を味わえるぜ。お前には、仲間達と一緒にその味を堪能してもらいたいんだ。そんな経験は、利害を抜きにしたって、お前をでかくしてくれるからな。辛いこともあるだろうが、生徒会長という仕事を楽しんでくれ、各務』

 俺の心に響くのは、前生徒会長、有馬先輩がくれた言葉だ。

 降矢兄弟は言動こそ残念だが、電子技術を活用した奇抜な発想には目を見張るものがある。佐原は言うまでもなく学年次席で、幼い頃から帝王学を学んでいるだけあり、人を自然と従わせる統率力がある。三木本もあれでいて、芸術的な分野には抜きん出た才覚がある。織田とて文武両道で、穏やかな物腰は、人の心をほっと安らがせる。
 皆、家柄や容姿が際立っているという事実を抜きにしても、優れた能力を有しているのだ。

 生徒会役員に選出されるまで、俺は佐原や三木本、織田や降矢達とはほとんど接点がなかった。もちろん親しい友人であったはずもない。
 けれど、せっかく縁があり、こうして一緒に働く機会を得たのだ。俺は、こんなすごい奴等と、一緒に楽しんでみたい。個人的なわがままに過ぎないのかもしれないが、俺は…


「でも、降矢……俺達が頑張ることで皆が喜んでくれると、自分も嬉しくならないかな? 懸命にやった甲斐があるって、そう思えない?」

 言葉を失った俺の代わりに、そう言ってくれたのは、織田だ。

「織田っち、それは奴隷根性って言うんだよぉ」
「奴隷の鎖自慢だよぉ。卑屈な現実を直視できずにぃ、偽りの価値観でぇ、満たされた気になってるだけなんだよぉ。そんなの惨めなだけじゃあん」
「そうかな……大事なのは、人にどう思われるかよりも、自分がどう思うか、じゃないかな。だって、自分の心や人生は、自分だけのものだから。他の人達になんて言われようとも、後悔したり、自分に恥じたりはしたくない。だから俺は、自分の気持ちを信じるよ。皆のためにも、何より自分のために頑張りたいんだ」

 織田の言葉は、へこんで萎れかけていた俺の心をじんわりと温め、癒してくれた。
 親衛隊の言いなりに、自分を押し殺していた織田も、こうまで変わったのだ。俺とて、多少の困難程度に躓いていられない。

「お前等、聞いたかこの感動的な台詞を。ちったぁ織田を見習えよな」
「人の褌で相撲を取ろうだなんてぇ、カイチョーせこいよぉ!」
「織田っちにはちょっとだけ感動しないでもなかったけどぉ、会長がデカイ面してるのがぁ、そこはかとなくイラッとくるのぉ!」
「やかまし。俺の手柄は俺のもの、織田の手柄も俺のものなんだよ。何たって会長様だからなあ」
「ちょーうざぁい!!」
「ちょーむかつくぅ!!」

 頬を膨らませる双子をおちょくっていると、横合いから冷めた声がかかる。

「カッコいいこと言ってるけどさー、どーせ織田っちはー、会長にいいとこ見せたいだけでしょー? ラブラブだったもんねー、食堂でも。そんな不純な動機を見習えなんて言われてもー、無理でーっす」

 こいつはぁあああ!! 嫉妬しているにしたって、いい加減言葉が過ぎるだろう!
 短気な俺はブチ切れた。

「てめぇ三木本! さっきから何ひがんでんだか知らねーけどな、織田までコケにするような物言いをすんじゃねーよ! こいつはおめーらのために心を砕いてやってんだろうが!! それを…」
「…また、庇う…」
「ああ?! 絡んできてんのはテメーの方だろ?! 庇うのは当然だっつの!」

 恨みがましい目で見上げてくる三木本を睨み返す。憤る俺の肩に、織田がそっと手を置いた。

「いいよ、各務。怒らないであげて」
「けどなあ!」
「俺は気にしてないから。ね?」
「お前がそう言うならいいけどよお…」

 織田に宥められ、俺は釈然としないものを覚えつつも矛を収める。

 三木本と俺の口論に発展することは回避されたが、生徒会室にはどっちらけた空気が漂う。
 佐原は先程から黙りこくったままだし、三木本はふてくされているし、降矢兄弟はそっぽを向いている。

 こいつら、本ッ当に面倒臭ぇ!!

 一瞬、何もかもを投げ出してしまいたい気持ちにかられたが、そんなことは俺のプライドが許さない。生徒会長が役員を御せずに逃げ出したなどと噂されようものならば、末代までの恥である。
 とにかく、アンケート集計だけは最低でも済ませなければ。

 …仕方がない、この手だけは使いたくなかったのだが…

「おい、降矢兄弟。お前等の協力で企画が上手くいったら、倉橋だってきっと喜んでくれるぞ。そんで、頑張ったお前等のことだって褒めてくれるだろうよ。こんな面白い企画を成功させて、すごい、偉いってな。倉橋の喜ぶ顔、見たくねーのか?」
「「なっちゃんが…」」

 俺が唆すような声音でそう言えば、双子はぴくりと肩を震わせ振り向いた。

「ま、まあそうだねえ…なっちゃんが喜んでくれるならぁ、僕等もぉ、頑張ってあげてもいいかもねぇ」
「なっちゃんのためならぁ、仕方ないもんねぇ…頑張ったらまた、ご褒美くれるかなぁ…」

 効果覿面。
 降矢兄弟はやに下がった顔で、うきうきとアンケート用紙を手に取った。どうやら今度こそ本当に、ようやっと仕事に取り掛かってくれそうだ。

 安堵のため息をつきたいところだが、しかし。これは、俺の手柄ではない。彼等の目の前に倉橋というにニンジンをぶら下げることによって、無理やり走り出させたにすぎないのだ。
 こんなやり方では意味はない。降矢兄弟も、三木本も、佐原も。彼等の意欲と能力を、十全に引き出せないのでは、本当の桜坂生徒会とは言えないのだ。

「ふ…」

 …いいだろう。七面倒臭い野郎どもめ。
 お前等があくまでもその態度を改めないの言うのならば、俺は悪魔の知恵を借りてでも、お前達の心を掌握してくれる。こちらには、極上の肉体と、至高の頭脳が控えているのだ。俺様にメロメロになっても後悔しないことだな!

 …そうして俺は改めて、カサノバ計画を続行する気持ちを固めたのであった。


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