「補佐制度?」
「ええ。近年は利用された様子はありませんが、そんな制度も存在しているようです。
 …生徒会役員はその業務執行にあたり、単独で業務を行うことが著しく困難な場合は、その権限を逸脱しない限りにおいて、補佐役を設けることができる…と、生徒会業務執行規則第14条に記されています。役員としての地位や執行権、役員特権は付与されませんが、補佐は生徒会執行部の一員と見做され、部外者ではなくなります」
「へえ…そんな制度があったのか。知らなかったぜ」

 役員の引き継ぎの時にも、補佐については特に説明はされなかった。恐らく、有馬先輩達の代ではそんなものは必要なかったのだろう。皆、惚れ惚れするほど優秀な人材ばかりだったしな。佐原もこのごろは利用されたことがないようだと言っていたし、補佐制度はあくまで例外的な措置であって、一般的な存在ではないのだろう。とはいえ、使えるものならば、利用しない手はないではないか。それで双子の負担が軽くなるなら、俺に異存は微塵もない。

「いいじゃあん、それぇ! そーゆーアイディアを待ってたんだよぉ! さすがとーりくん、誰かさんとは違って博識ぃ!頼りになるぅ!」
「よぉし、じゃあさっそくぅ、僕等の下僕をその補佐とやらに任命してこなきゃねぇ!」

 一気に元気を取り戻す双子。だがしかし、佐原は何故か申し訳なさそうな顔を二人に向ける。

「ただ、一つ問題がありまして……新しく補佐を設立する際には、本人の応諾はもちろんのこととして、その上で委員会会議に提議し、生徒会顧問の許可と各委員長の承認を必要とする…と定められているんです」
「えええぇ?!」
「ってゆーことはぁ…?!」

 佐原の口から告げられた残酷な真実に、降矢達は悲鳴のような声を出す。

「今日、急きょ会議を招集することは不可能ですから……また、次回から利用出来れば…と思います」
「うわぁあん、結局こーなるのぉ?!」
「やだやだやだぁ、面倒臭いよぉ!!」

 ソファに突っ伏して泣き声を上げる降矢兄弟に、そっと近づく大きな影。

「降矢…俺も手伝うから、一緒に頑張ろう?」

 双子が床に放り投げたアンケート束を拾い上げ、織田が優しく微笑みかける。

「「織田っち…」」

 降矢兄弟は潤んだ目で織田を見上げ…

「何言ってんのぉ? 手伝うのは当然でしょお」
「せいぜい頑張って、僕等に楽させてよねぇ」
「うう…」

 感謝の念を伝えるどころか逆に、ふんぞり返った双子にアンケートを押し付けられて、目を白黒させる織田。相変わらず不憫な奴よ…

「お前等、織田はさっき罰掃除を終えてこっちに来たばっかなんだぞ。ちったぁ労わろうって心遣いはねーのかよ」
「えー、なぁに、罰掃除って、だっさぁーい! ちょーかっこ悪ぅい!」
「聞くところによればあ、織田っちの親衛隊がヘマやらかしてぇ、風紀に連帯責任負わされたんだってねぇ? ならぁ、自業自得じゃあん」
「そういえば、そんな噂も聞きましたが…君の親衛隊は、一体何をしでかしたんですか。まさか、またなつきに何かしかけたわけではないでしょうね?」
「え、と…それは…」

 眉を寄せた織田が、ちらりとこちらに目を向ける。
 正直に答えてしまってよいものか悩んでいるのだろう。確かに俺からすれば、男に襲われかけたなど、吹聴して回られたいことではない。ここは適当に誤魔化すに限る。

「大丈夫だ、倉橋には何もしてねえよ。ただちょっと馬鹿やらかして、風紀に目ぇつけられただけのこった」
「ふうん…会長絡みなんだー」

 だというのに、目ざとく気付く三木本。ちっ、今まで俺達の言い争いにも我関せずに、ぼけっと携帯弄ってただけのくせして、織田絡みとなると妙に勘が冴え渡りやがって。

「一体何されたのー? 織田っち本人まで罰を与えられるくらい、すごいことやっちゃったんだー?」
「まあ別に大したことじゃねーよ、気にすんな。さして面白い話でもねーし」
「庇うんだー? 迷惑かけられたって言うのにー、随分お優しいんだねー。そんなに織田っちが大事なんだ?」
「しつけーな! どーだっていーだろ、ンなことはよお!」

 こんな時にまで下らない嫉妬しなくてもいいだろうが、女々しい奴め。

「まあ確かに、被害に遭ったのがなつきでないのならば、どうでもいい話ですね」
「そーだねぇ、会長がどうなろうと知ったことじゃないしぃ。でもぉ、一応お礼を言っといてあげるぅ。会長が泥被ってくれたおかげでぇ、なっちゃんにめーわくかけずに織田っちの親衛隊を潰せたみたいだしぃ」
「そこだけは評価してあげるねぇ、会長ぉ。いざって時に頼りにならないけちんぼな一般人だけどぉ、露払い役程度には役に立ったみたいじゃあん、エラーイ!」
「へいへい、どういたしましてなあ。非力ながら役に立てたようで何よりだぜ。その礼代わりと言っちゃあ何だが、降矢兄弟よ。今度こそアンケートの取りまとめに取り掛かってくれねえか」
「しつこぉい!」
「うざぁい!!」
「がんばろ、降矢」

 あれだけ邪険にされてもめげない織田が柔らかな笑顔で励ましてやってくれるおかげで、降矢兄弟も渋々と言った様子ながら、再びアンケート集計に取り掛かる。
 そして、そんな義理もないのにせっせと降矢達を手伝う織田の姿を見て、俺はいいことを思いついた。

「おい三木本、お前も手伝ってやってくれねーか。どうせ暇そうに携帯見つめてるだけだろ」
「ええー? 面倒臭ーい。俺は『会計』なんだよー? 経理部門以外は業務範囲外です〜」
「ああん? 会長様の命令が聞けねーってのか」

 共同で作業をさせることで、織田との距離を縮めてやろうという、俺のキューピッド作戦第一弾である。
 ベタな手法だが、ベタであるということはそれだけ長く使われ続けてきたという実績と、確かな信頼があるということなのだ。作業をしている最中に、互いの身体が触れあってドキリ!そこから恋が生まれる…なんていうこともあるかもしれないではないか。野郎同士ではあるが。

「横暴だよー。会長がご褒美くれるって言うんならー、手伝ってあげないこともないけどー」
「鉄拳ならくれてやってもいいぜ」

 せっかく俺様が骨を折ってやっているというのに、妙なところで駄々をこねるんじゃねーよ。計画が狂うだろうが。

「暴力はんたーい。…でもさあ、アンケート集計はあくまで庶務がすべき仕事なわけじゃなーい。各々の役割とか職分はー、厳密に守られるべきでしょー。じゃなきゃー、何のために役員の役職が別れてるのー? 役割関係なしに仕事をしていいなら、俺が会長役をしたっていいわけだよねー? していいのー?」
「あァ?!何を阿呆な屁理屈こねて…」

 おかしな風に話を混ぜ返す三木本に顔をしかめるが、時すでに遅し。嬉々として双子達が乗ってきた。

「そうだよねぇ。僕等が会長役を務めるからぁ、会長が代わりに庶務としてアンケートを集計してよぉ」
「本来ならぁ、そうあるのが正しい姿ってもんだよねぇ? 身分や格をちゃんと考慮するならぁ」
「成績や得票率を鑑みるならば、僕こそが会長職に相応しいと、誰の目にも明らかなはずですが」

 下らない馬鹿話になぜか佐原までもが参戦してきて、そうなると、負けず嫌いの俺としても黙っていられるはずがない。

「ふっ、何とでも言ってろよ。おめーらがどれだけ吠えたてようが、この俺様が生徒達の支持を一番多く集めたことに変わりはねーんだ。お前達が鼻高々に自慢する家柄やら成績やらがどんだけご立派だろうが、俺の人望には遠く及ばなかったってことなんだよ。負け犬はその事実を受け入れて、潔く俺様に服従しやがれ」

 生徒会長の椅子にどっかとふんぞり返り、自信満々にそう言い放てば、佐原や降矢兄弟の顔色が怒りを通り越して、血の気の引いた蒼白になる。

 …やっべぇ、言い過ぎた。

 無表情に唇を引き結ぶ彼等の姿を見て、内心俺は焦りまくった。
 いや、最初に散々人を馬鹿にしまくってくれたのは、向こうの方ではあるのだが。だからといって、言っていいことと悪いこと…言うべきでないことはあるのだ。

 なぜなら、真実は時として、何よりも深く人を傷付ける。

 佐原や降矢兄弟は己の能力への自負と誇りを、家に対する忠誠心と責任感を、人一倍強く抱いている。
 だからこそ、生徒会長に選ばれなかったという事実、一般庶民である俺に負けたという事実は、彼等を強く打ちのめす。
 俺への敗北はすなわち、自分自身の力の否定であり、家の体面を汚すことでもある。そんな事実を誰が受け入れたいだろう。認められるだろうか。その事実を直視したくがないために、佐原達は俺に反発していたというのに。

 おおよそ闘争心というものに縁がなさそうな織田ですら、会長に選ばれなかったことに落ち込んでいたほどなのだ。それが佐原や降矢となれば、その屈辱やいかほどのものか。彼等が背負っているものの大きさを知らない俺には、到底計り知れない。それなのに俺は今、佐原達の一番脆いところをぐさりと傲慢に突いてしまったのである。

 口喧嘩で奴等を言い負かすことで一時溜飲を下げたとしても、満たされるのは俺のちっぽけな復讐心ばかり。そして佐原や降矢兄弟の胸に募るものは、俺への憎しみと怒りだ。
 不毛だ。全くもって建設的でない。
 でも言ってしまった。馬鹿な俺め。大人のあしらいで返しておけば、ああまで奴等の機嫌を損ねることもなかっただろうに。


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