「ああっ、もうやだぁ! もううんざりぃ!!」
「飽きちゃったよう!! 疲れたぁ、休憩きゅーけーい!!」

 耳をつんざく金切り声でそう叫び、手に持っていた紙束をばさりと放り投げると、双子の降矢はぐったりとソファへその身を沈ませた。

 ところは変わり、放課後の生徒会室。10月に行われる体育祭の下準備のため、生徒会役員もフルメンバーで仕事に駆り出されているという次第である。
 あれからも佐原や三木本、双子達は、倉橋の言いつけを律儀に守り、サボることなく生徒会室に顔を出している。俺としては、願ったりではあるのだが…

「お前ら…作業始めてからまだ一時間も経ってねーだろ!! 忍耐がねーにもほどがあるぞ!」

 降矢兄弟は体育祭の催しの一つである、生徒会主催のイベントについてのアンケートを集計していたのだが、どうやら早々に根気が尽き果ててしまったらしい。

「うるさいうるさぁい!! 疲れたったら疲れたのぉ!! もうこれ以上我慢してらんないのぉ!!」
「大体ねぇ、何で僕等がこんな面倒臭いことしなきゃなんないのさぁ!!」
「それが庶務の仕事だからだろうが!」
「仕事ぉ?! こんなチマチマした単純作業を僕達にさせようってのが間違ってるのぉ! 役不足にもほどがあるんだよぉ!」
「僕等はねぇ、こんな馬鹿でも猿でもできるような仕事をするためにぃ、この世に生まれついたわけじゃないんだよぉ。才能の無駄遣いも甚だしいのぉ!」
「あのなあ、そういう偉そうな台詞は仕事をやり遂げてから言えってんだよ」
「そもそもねぇ、非効率的なんだよぉ! イマドキこんな紙のアンケートなんてぇ、時代錯誤なのぉ!」
「そうそうぅ、時代遅れなのぉ! ものごとを実行するにあたってはぁ、その時々に相応しいツールを、要所要所で使っていかなきゃあ! 今回もねぇ、わざわざアンケート用紙を印刷、配布した上ぇ、生徒に記入させて回収、集計なんて無用な手間を取ってるけどぉ、そんなことしなくてもぉ、生徒皆にタブレットでも持たせてぇ、電子データで集計すればもっとずっと早いじゃあん!」
「アホか! 設備投資にどんだけ金がかかると思ってる」
「はぁ〜、これだからぁ、庶民は困るんだよねぇ」
「いつでも金、金ってぇ、目先のことしか見ようとしないからぁ、大局的な視野に欠けてるんだよねぇ」

 肩を竦めてやれやれと大袈裟に首を振る双子。その動作が妙にシンクロしているのが、ことさらムカつく。

「時は金なり、機もまた金なり、だよぉ。時間とチャンスはぁ、使いようによってはより大きな富をもたらしてくれるのさぁ。一時の出費をケチってぇ、将来得られるはずの利益までふいにするのはぁ、馬鹿のすることだよぉ」
「最小限の労力で、効果は最大限にぃ…ってのがぁ、僕等のモットーなのぉ。無駄に苦労するのは性に合わないんですぅ」
「あーあぁ、僕等が会長になったらぁ、もっとドラスティックに改革を進めるのにねぇ」
「ウチの製品をメインに電子化を推し進めてぇ、もっと能率的、効果的かつ進歩的な業務改善に取り組むのにぃ!」

 ちなみに降矢兄弟の家はザグレスコーポレーションという、日本を代表する大手総合電機メーカーの創業者一族直系家系であったりする。
 エレクトロニクス部門に定評のあるザグレスはタブレット端末などの電子機器類も広く手掛けており、降矢達がその気になれば、通信設備の拡充から端末一式を生徒分揃える程度のことは、たやすく実現してのけるだろう。ついうっかり賛意を示しでもしたら、あとが恐ろしいことになる。

「今からでも遅くないよねぇ。理事会に提案してみよっかぁ」
「そーだねぇ、それいいかもぉ! 授業やクラブ活動なんかにも活用できるしぃ、僕等の家も潤うしぃ、いいこと尽くめだよねぇ」
「現実逃避すんな、今は目先の作業に集中しろ。今日中にアンケート結果出さねーと、企画が滞っちまうんだからな」
「Boo Boo! 会長の石頭ぁ!とーへんぼくぅ!」
「とーり君だってぇ、悪くない考えだと思わなぁい?」

 急に話を振られた佐原は、パソコンのキーボードを打つ手を止め苦笑する。

「確かに、面白いアイディアだとは思いますが…生徒会の単年度会計で処理するには、いささか金額が大き過ぎますね。ネットワーク環境の整備や通信費などは学園の年次予算編成にも関わってくる事柄ですし、現時点での即断は難しいでしょう。しかし、昨今、電子化の波は確実に寄せてきているのですし、今後の検討の余地は十二分にあるかと思います。今回の一件には間に合いませんが、また折を見て提案してみてはどうですか?」
「ぶー。とーりくんなら賛成してくれると思ったのにぃ!」
「でもまあ、仕方ないかぁ。急いては事をし損じるって言うもんねぇ。もっと作戦練って攻めてかなきゃ駄目かぁ」
「おい! 佐原だって金のことしか言ってねーだろ。俺との対応の差は何だ!」
「だってぇ、会長はぁどーせぇ、一般庶民のせせこましい金銭感覚で反対してるんでしょお?」
「とーりくんはぁ、僕等と同じ目線でことを見てぇ、現実的な提案をしてくれてるのぉ。会長の近視眼的なお説教とは違ってぇ、一考の価値ありな言葉なんだよぉ」
「ぐぐぐ…! と、とにかく今は、目の前の仕事をまずやり遂げることから考えろ! 今後のことはそれからだ」
「…しかし、降矢達の提案は尚早だとしても、今のままのやり方が能率的ではないことも確かですね。大量作業にも少人数でしか対応できないのであれば、業務が滞ってしまいます。時間をかければ捌けないこともないのでしょうけど、無理をして、学業に支障を来すようなことがあれば、学生として本末転倒ですし…」

 せっかく人が話をまとめ、双子達を働かせようとしているというのに、ご丁寧にも話を蒸し返してくれる佐原。
 佐原キサマ空気読めよ! もしかしたら敢えて無視してるのかもしれないけど!

「さすがとーりくん、本質が見えてるねぇ!」
「そーなんだよねぇ、根本的な体質改善しないことにはぁ、どれだけ僕等が努力しようと無意味だよねぇ」

 努力っつーほど熱心に仕事してないだろ、お前等…。イチイチ突っ込む気力ももはや失せる。

「そーだぁ、いいこと思いついたぁ! メンバーが少ないから業務がはかどらないんだったらぁ、僕等の下僕に手伝わせればいいんじゃあん! そーすればぁ、仕事も早く終わるしぃ、僕等の負担も軽くなるしぃ、一石二鳥だよぉ」
「おおっ、なーいすあいでぃあ! こんな時のための下僕だもんねぇ!」
「下僕って、もしかしなくてもお前等の親衛隊のことか? んなの駄目に決まってんだろーが、アンケート内容は一応部外秘事項なんだからよ」
「んもぉ! あれも駄目ぇ、これも駄目ぇって、それしか言えないのぉ?会長はぁ」
「何でもかんでも否定しかできないってぇ、部下のやる気を無くさせるぅ、典型的な無能上司の好例だよねぇ」
「駄目だしするんならぁ、対案を出してよねぇ」
「出来ないならぁ、横から口挟まないでよぉ」
「うっ…」

 両脇から双子に責め立てられ、俺は為すすべもなく閉口する。
 確かに、降矢兄弟二人だけにアンケート数百枚の集計を全て任せるのは酷な話と言えよう。だがしかし、対案を出せと言われても、一体どうすれば負担が軽減するものか、さっぱり思い浮かばない。

 く…こんな不甲斐ない体たらくでは、一丁前にデカイ面をしてられねえぜ…


「補佐制度を活用してみてはどうでしょうか」

 困り果てていると、佐原が不意にそんなことを言ってきた。


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