「このレベルで苦労してるようじゃ、今度の中間考査も俺の勝ちだな」

 あいもかわらぬ、皮肉に満ちた顔つきに、厭味ったらしい口調、ふてぶてしい態度。
 普段は温厚な俺様の、闘争心やら敵愾心やらをバリバリに刺激してくれる野郎である。
 あああ、くそっ…どうしてこんな最悪ヤローと二年連続同じクラスになってしまったのか。自分の運のなさを呪ってしまうぜ。
 絡んできた篠原を迎え撃つべく、俺は顎を逸らし、なるべく泰然として見えるような笑みを作る。

「はぁん? 万年3位の分際で、何を偉そうに。一丁前にふんぞり返りてーなら、トップに立ってからにしろってんだ。主席どころか次席の座にもつけねー負け犬の分際で、キャンキャン吼えてんじゃねーよ」

 ちなみに主席は俺の隣でニヤニヤ頬を緩ませているマキで、次席はさすがというべきか、あの佐原である。
 マキ、佐原、篠原は、高校に入学してから今に至るまで、不動の成績トップスリーなのだ。

「は。俺が負け犬なら、その負け犬の鼻先にかすりもしない足元で、10位争いを繰り広げるお前は一体何だろうな? 勝負の場にすら立てず、他者の踏み台にしかなれない噛ませ犬……いや、周囲に愛嬌を振り撒くだけが取り柄の、愛玩犬が関の山か?」
「誰がトイプードルだコラァああ?! いいか、男子たるもの、頭の出来だけが全てじゃねーんだよ! 健全な肉体の躍動あってこそ、真に男らしさが証明されるってもんだろうが。その面俺は、マラソン大会も水泳大会も、スキー合宿のクロカン大会も、ぜーんぶ誰かさんに勝っちまったからなあ。どっちの方が男としての器が上か、比べるまでもねえぜ」
「体力さえありゃ馬鹿でも勝てる勝負を取った程度で、鬼の首を取ったようにはしゃぐなよ。競技内容だけじゃなく、頭の中身まで単純な野郎だな。大体な、男らしさの証と言えば、何よりもまず挙げられるべきは強さだろ? 柔道、剣道、空手に弓道…バ会長殿は、どれ一つとってもついぞ俺に勝てなかったなあ?」
「ふん、俺様は洗練された文化人だからな。血生臭い格闘技よりも、芸術とスポーツの方をこよなく愛してるんだよ。ああ、思い出すぜ、音楽祭のアカペラ選手権での俺の独唱。千客万来の拍手喝采、音痴の誰かにゃ望むべくもない、華やかで煌びやかな晴れ舞台だったぜ」
「芸術とスポーツを愛する文化人?笑わせてくれるな。ディベート大会と写生コンテスト、球技大会のテニスは俺の勝ちだったじゃねえか」
「臨海学校のカヌー競走は俺が勝った!」
「英語スピーチコンテストは俺の勝ちだったな」

 ああくそやばい、ネタが尽きる…!
 俺は内心焦りを覚えつつも、それを絶対表に出さないよう努力しながら、小競り合いに辟易した風を装い、大きく溜息をついた。

「…はぁ、下らねぇ。こんなことは時間の無駄だ。もうこれ以上、馬鹿の自慰行為には付き合ってらんねーぜ。てめーのちっぽけなプライドを満足させるために、俺様の貴重な昼休みを削られてたまるか」
「敵前逃亡を決め込むか?会長閣下。自らの敗北を認めるんだな」
「ふん、誰に何と吠えたてられようが、俺の優位は揺らぐもんじゃねえからな。負け犬の遠吠えくらい、華麗に聞き流してやるよ」
「ハッ! その減らず口がいつまで持つもんだか、見ものだな」

 最後の最後まで憎まれ口を叩いておいて、篠原はひらりと身を翻す。
 その後ろ姿に、思い切りしかめツラを向けてやる。

「っかー!! いつ見ても憎ったらしい野郎だぜ! おい、塩持ってこい塩! あのヤローの邪気を祓い清めねえと!!」
「ほんと、仲良いよね、各務様と篠原は」
「喧嘩するほどなんとやら、だな」
「お前らの目は節穴か?!」
「今更照れなくたっていいのに。二人の痴話喧嘩は2−A名物なんだから。それより各務、湯浅先生の課題、早く写さないと。休み時間終わっちゃうよ?」

 心底憤慨する俺に、ニヤニヤ笑いを浮かべる三人衆。お前ら本当目がおかしい。
 釈然としないものを覚えながらも、俺は深山と不和に倣い、せっせとマキのノートを書き写すのであった…。




「ありがとう、槇野、助かったー!」
「サンキューな。今度奢る」

 何とか休み時間内にノートを書き写した深山と不和が、マキに盛大に感謝を表明している。

 ふ…俺は礼なんて言わないぜ。何たって俺とマキの仲だからな。
 一旦弱みを見せたが最後、付け込まれて何を要求されたか知れたモノではないということは、十二分に理解しているのだ。

「いやいや、これくらい何てことないよ。でもせっかくだからさっそく今晩、天ぷら定食でもごちそうになろうかな」
「それはぼり過ぎだろ…」
「はは、じゃあまた余裕がある時にね」

 顔を引き攣らせる不破に、マキが笑う。
 だがしかし、その言葉を言ったのが不破でなく俺であったならば、冗談でなく本当に馳走させられていたであろう。本当に、俺以外の奴に対しては、とことんかわいこぶりっこだぜ。

「それにしてもさあ、槇野って外部生だったよね? 何でそんな頭いいの〜? 何か勉強のコツでもあるの? 僕にも教えてよ」
「コツか…それは一言で言ってしまうとね、愛だよ、愛。よく言うじゃないか、好きこそものの上手なれってさ。対象に関しての理解を深めるため、自ずと努力をしてしまうものなのさ」
「えー、愛ぃ? 勉強を好きになるとか、ありえないんだけど…」
「そうかな。文学や歴史はそれ自体が萌えに満ちて…じゃなくて、純粋にエンターテイメントとしても面白いし、数学や科学は、足したり掛けたり融合したりで色々新しい発見があったり世界が広がったりで、なかなか興味深いしね。言語はまあ、単なるツールかな。海外の同好の士…友人たちと語り合ったり、海外サイトの閲覧、未邦訳の作品を見たり読んだりするためには欠かせないものだし。勉強と捉えるとつまらなくなっちゃうけど、好きなことを極めるための研究だと思えば、なかなか楽しい作業だと思うよ」
「うーん、僕には到底理解できない世界だなー」
「何となく分かるぜ。俺の場合、対象は勉強じゃなくて、水泳だけどな」

 首を傾げる深山に対し、納得したようにうなずく不破。

「うさんくせぇー…」

 何となく、マキの言う愛とやらは、不破の言う愛着とは異なる気がするのだが。そんなきらきらしたものではなく、むしろぎらぎらという擬音が相応しいような…
 怪訝な表情になる俺に、不破がふと顔を向ける。

「そういや、評判になってるぜ。織田様が、何だかとっつきやすくなったみたいだってな」
「うんうん、前までは寡黙で威圧的で、何考えてるのか全然分かんなくて怖かったけど、表情出てきて朗らかになって、すごく素敵になったよね。いい感じだって騒いでる子、多いよ〜」
「へえ…そうなのか」

 不破に続く深山の言葉に、俺はふっと顔を緩ませる。
 織田の変化を引き起こしたのは俺一人の働きではなく、中澤や小森達の尽力もあってのことではあるが、結果的に織田にとっても周囲にとってもプラスに働いたとあったならば、多少は誇らしく思っても、罰は当たらないであろう?

「それで各務様、どうなの? 最近、織田様といい雰囲気らしいじゃん。今朝だって、食堂では随分と見せつけてくれたみたいだし。二人は一体、どういうご関係なのかな?」
「どうも何も、清らかなお友達関係だぜ」
「えー、ほんとにー?あやしーい!」
「ほら各務、正直に白状した方が身のためだよ? 二人は一体どこまで進んじゃったのかな?」
「嬉々として喰いつくなっつーの。おめーらは女子高生かよ」
「ふうん…織田とは何でもないわけか。ならあいつに、身の回りに気をつけた方がいいって忠告しておけ」
「ああ? 気をつけるって、何にだよ?」

 意味深な不破の言葉に首を傾げる俺に、深山が小声になって囁いてくる。

「あのね、各務様。織田様ね、タチの人達からも人気を博してるみたいだよ」
「は? あの織田が?」

 190近いデカイ身体に男くさい顔つき、深みのある低い声に逞しい筋肉。
 女らしさとはかけ離れた存在である織田がネコに回るなど、どう考えてもありえないではないか。というか、そういう対象として見ることがまず難しくないか?

「クールで超然として、親衛隊以外は誰も寄せ付けなかった鉄面皮が、頬を染めてはにかみながら、優しく接してくれるんだよ? 前までのギャップもあって、尚更胸キュンって感じー」
「あー、まあ…確かにあれは可愛いよな。けど、あんなゴツくてでかい野郎相手に、よくもまあその気になれるな…」
「ウブだなー、各務様は。横になっちゃえば、体格なんて関係ないじゃない。身体のサイズなんかよりもっとずっと大事なのは、ハートだよ、は・あ・と」

 そう言って深山がウィンクをすると同時に始業を告げるベルが鳴り、二人は慌てて自分の席へと戻ってゆく。

「大事なのは身体よりハートなんだってさ、各務」

 俺の内心の懊悩を知ってか知らずか、マキが振り向きざまに、ダメ押しのように深山の言葉を繰り返す。

 いや、俺も人間中身が大事とは常々思っているけど。頭じゃ理屈が納得できても、身体がついていかねーとどうにもならないことは確かにあるだろーが。セックスではやっぱり身体の相性も大事だろう…だけど、ルックス一つで人への好感を変えるなんて、そんな度量の小さい人間にはなりたくねーし…と、またしても俺の思考は、堂々巡りのドツボへとハマってゆく。

 …俺は、このどうしようもない悩みから逃れたいがために、三木本を利用しようとしてるのだろうか…
 織田のため、三木本のためと銘打って、結局は自分が一番楽な道を選びたいだけ…ではないのか。

 …だとしたら、マキの言葉通り、薄情な人間である。俺という男は。


「…知ったような口聞いてんじゃねーよ。ほら、先生来たぞ、前向け」

 とりあえず、今は授業に集中せねば。色恋沙汰に呆けてなどいたら、湯浅先生のSっ気発動の恰好のターゲットとなってしまう。それだけは勘弁つかまつりたい。

「…それにしても、三木本が織田を、ねえ……斜め上にもほどがあるよな…藪蛇にならなきゃいいけど…」

 前を向いたマキが意味深にそう呟くのが聞こえたが、キャパシティオーバーな問題に頭を抱えていた俺には、その言葉の真意を推し量ることはできなかった。


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