「あれは、ガチだな…」

 昼休み、教室で数学のノートを広げながらそう呟けば、向かい合わせに座っていたマキが、目を輝かせて飛びついて来た。

「えっ?! い、一体どこに、ガチでホモな人がいるって?! 早急に観察体制に入らねーと!!」
「ちげぇよ!そっちのガチじゃねー!! いや、ある意味違わないのか? 俺が言ってんのは三木本のことだよ、三木本の!」
「なぁんだ……で、チャラ男会計こと三木本君が、一体どうしたって?」
「前にも言ったろ。あいつがここんとこ、挙動不審だって」

 そうして俺は、今朝の出来事をマキへと話して聞かせる。

「三木本は倉橋に入れ込んだような素振りだったが、よくよく考えてみりゃあ、大袈裟にのぼせたふりをしている割に、肝心の本人には手ぇ出さねえし、親衛隊の奴等とはあいも変わらず関係を続けてたりと、どっか胡散臭ぇとこがあったんだよ。でも、今回のことで合点がいったぜ。あいつの本当の目的は、倉橋をダシにして、織田のそばにいることだったんだろうな。三木本は、倉橋じゃなく織田に惚れてたんだよ」
「ふーん。まあ、そう見えないこともないよね」

 何が見えないこともない、だ。どこからどう見ても俺様の推理通りだろうが。

「そこで、俺は考えた。この事実を奇貨に、三木本に恩を売れないもんかと」
「へー、お前でもそう言う企てを思いつくもんなんだな」
「俺だって、いつもお前に頼るばかりじゃねえぜ……三木本が織田とうまくいくように仕向けてやれば、俺に感謝して仕事にも精を出すようにもなるだろう、と思うんだが、どうだ?」
「ほーう、キューピッド大作戦か。まあ、なくもない手だな。だけど、肝心の織田が、三木本に靡くか?」
「織田は人見知りなところもあるが、一度胸襟を開いて受け入れちまえば、あとは呆れるほど甘ったるく変貌するからな。三木本とも一旦ダチになっちまえば、あとは押せ押せでモノにしちまえるだろうよ」
「あのわんこタイプ書記なら、確かにその手で押し切れちまいそうな気もするが……しかし、薄情な手を思いついたもんだな、各務。書記殿は、お前に入れ込んでるように見えるんだが?」
「ち、ちが…! 言ったろ?! あれは友達として、親しくなっただけだって!!」

 嘘であります。思い切り告白された上に、キスまでされたのであります。

「ふうううん? 俺としては、そのうろたえぶりが怪しいんだけどなー。いいのかなー? せっかくの好意を裏切るような真似をして。下手すりゃ、釣った魚を逃がしかねないぜ」
「そ、それは…」

 だって、仕方がないではないか。

 織田に好きだと言ってもらえたことは、純粋に嬉しい。気持ちを整理するまで待つと言ってもらえたのも、ありがたいと思っている。
 だがしかし、俺は、織田の気持ちに応えることは、恐らく、きっと…できない。
 友人としてならば、きっといい関係を築けるだろう。だがそこに、性的な要素が入ってしまうと駄目なのだ。どうあっても、織田とそういう関係にある自分を想像できない。
 ゲイという性癖に対する偏見云々以前の問題で、生理的に、織田のような男らしい男には反応できないのだ。これは単純に、嗜好の問題だ。それこそ、食べ物の好き嫌いのように。努力や考え方で、変わるものではないだろう。

 ならば、俺相手に不毛なアピールを続けるより、より深く想いを寄せてくれるヤツとくっついた方が、織田にとっても三木本にとっても幸せなことではないか。

 だから、俺は…


「お話し中にごめん、各務様、槇野。ちょっといいかな?」

 俺の言葉が途切れたタイミングを見計らって、一人の男子生徒が話しかけてきた。
 申し訳なさそうなな笑みを浮かべる細身のその生徒は、クラスメイトにして俺の親衛隊の一員でもある深山だ。

「どうかした?深山」

 恐縮する深山に、優等生の仮面を被ったマキがにっこりと微笑む。
 本当に外面の作り方がうまいぜ。俺相手には、二重人格かって言いたくなるほど横暴なのにな。

「うん、あのね…数学の課題、教えてもらいたくって。この問題がどうしても解けなくってさ」
「どれどれ…」
「それ、湯浅の課題か? 俺も写させろ」

 ノートを前に額を突き合わせている俺達の頭上から、そんな声が降ってくる。見上げれば、そこには背の高い、短髪の男子生徒の姿。こちらも同じくクラスメイトにして、俺の水泳部仲間、緒方いわく鬼キャプテンの不破である。

「ああ、これね。確かにちょっと癖がある問題だったよね。さすが湯浅教諭お手製だ」

 深山が苦心していたのは、教科書や問題集から出題された問いではなく、数学教諭の湯浅先生が俺達のため特別に作成してくれた問題だ。
 湯浅先生は初老に差し掛かった、外見も口調も穏和でダンディなナイスミドルなのだが、中身はほんのりSが入っている。難問を生徒に与え、それを解こうと悶え苦しむ姿を見て悦に入るという、ちょっと変わったサディスティックさを持っているのだ。まあ、出されるのは一応進度に応じたレベルの課題ではあるし、授業での教え方も分かりやすいため、生徒に人気の先生なのだが。

「あー、こいつか…俺も分かんなかったから、マキに聞こうと思ってたんだよ」
「えー、各務様でも解けない問題があるんだ」
「残念ながら、俺の脳はマキのほど出来がよくねえからな」
「学年トップ10から外れたことない人は、十分秀才ですから」
「おいおい、褒めたところでほっぺにちゅー程度しかサービス出来ねえぞ」
「きゃー、エビ鯛だー♪」
「真昼間から男同士でいちゃついてんなよ…」
「いいじゃないか不破、仲良きことは美しき哉、だよ」


「何だ、会長閣下はこんな問題も解けなかったのか?」

 深山のおだてにいい気になっていたところに、突然鼻持ちならぬ発言を投げつけられ、浮かれていた気分が一気に急降下する。
 耳に入れることすらおぞましい、このムカつく声の主は…

「篠原…!」

 俺は膝上に抱きこんだ深山を解放し、昼休みの安らぎを台無しにしてくれた、天敵の名に相応しい男を睨みつけた。


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