「何で?」

 かしこくもありがたきそのお誘いに俺がそう切り返せば、断られるとは思わなかったのか、戸惑ったような声を出す倉橋。

「そ、それは…皆で食べた方が、メシも美味いじゃん! な、秋成もそう思うよな?」
「うん…そーだね」

 隣にいた三木本に同意を求めれば、元気なくそう返す。
 何だか妙にしょぼくれた様子だが、先程の一件をまだ引き摺っているのだろうか。妙なところで繊細というか、打たれ弱い奴である。

「ですがなつき、もう余分な席は空いていませんよ」
「じゃあ、奥の人に詰めてもらえば…」

 関心が他の奴に移って内心面白くないだろうに、それを表に出さず、佐原が優しく諭すが、倉橋は諦めず、席を立って場所取り交渉に赴こうとする。

「わざわざそうまでするほどのことじゃねえだろ、大袈裟だな」
「ちょっとぉ、なっちゃんに誘ってもらっときながらぁ、何なのその態度ぉ!」
「本来ならぁ、ひれ伏して感謝するのが当然ってもんでしょお?!」

 呆れ顔をすれば、今度は双子の降矢兄弟がきゃんきゃんと噛みついてきた。

「無茶言うなって。何、お前等、俺と飯食いてーの?」
「何言ってんのぉ、馬鹿みたぁい。そんなわけないじゃあん」
「朝から会長の顔なんて見てたらぁ、せっかくのごはんが美味しくなくなっちゃうー」
「だったら、同席しろなんて言うなよな」
「一緒に食べて、なんてぇ、一言も言ってませぇん!」
「卑小な一般庶民の自分ごときがぁ、貴き皆様方のご相伴に与るなんてぇ、恐れ多くてとてもとてもぉ…って言ってぇ、感謝しつつも辞退するぅ…これがぁ、会長に望まれた姿だよぉ」
「食堂の相席ごときに、どんだけ卑屈なんだよ俺!」

 思わず突っ込みを入れれば、一年坊主の不良気取りが、ぎろりと剣呑な眼差しで睨みつけてくる

「…るっせーな。黙って飯も食えねーのか」
「うっ、わ、悪ぃ…」

 騒がしくしてしまった自覚はあるので、反射的に謝ってしまったが…何か、理不尽じゃねえだろうか。
 お、俺が悪いのか…?!

「享一、各務達は悪くないんだ! 俺が無理に誘ったから…」

 しょぼんとへこんだ顔になる倉橋の頭を軽く叩き、同じく一年坊主のスポーツ青年が、腹のうちの読めない爽やかな笑みをこちらに向ける。

「まあ、タイミングが合わねえこともあるさ、気にするなよナツ。会長に織田先輩、今回は申し訳ねーんスけど、相席叶わずってことで。またの機会にご一緒しましょ、ね?」
「まあ…俺は、相席云々は別にどーでもよかったんだが」
「そんな寂しいこと言わずに。今度また是非」

 きらりという擬音の付きそうなほど白い歯に送り出され、俺達はようやく倉橋軍団から解放されたのであった。



「やれやれ、毎度のことながらうるせぇ奴等だ…」
「ごめん…」
「何でお前が謝るんだよ?」
「俺も、静かに出来なかったから…」
「お前は十分静かだったっつの。むしろ静かすぎるくらいだっつうの。もっと喋れ、普段から。せっかくいい声持ってんだから。使わねえと持ったいねえだろ」
「うん。各務ともっと、沢山、色んなこと話したいし。これからはもっと、気持ちを声に出していくよ」
「まーたお前は…そうやってことあるごとに、人をいたたまれない気持ちにさせる……お、あそこ食い終わったみてーだな……ここ、隣いいか?」
「どーぞ、ちょうど食い終ったとこですから…って、げっ、各務先輩?!」

 うまいこと席を立とうとしていた生徒達を見つけ、声をかければ、その中の一人が俺を見て露骨に顔をしかめやがった。

「げ、って何だよ、可愛い可愛い水泳部後輩の緒方君?」
「す、すすすいません、ついうっかり本音が! じゃなくて、言葉のアヤが! ぎゃああああ!」
「そーかそーか、俺の顔が見れてそんなに嬉しいか、可愛い奴め」

 生意気な返事にムカついたので、愛情を込めてチョークスリーパーを決めてやることにする。

「うわ、会長に織田様じゃん!」
「朝からナマ生徒会…すっげ、ラッキー!」
「ほうら、他の奴等はこんなに俺に会えて喜んでるってのに、どうしてお前はそーんな可愛くねえ態度なのかなあ?」
「部活でのっ、鬼しごきっぷり見てたら…っ、どんな健気な奴だって、裸足で逃げ出しますって…っ!」
「はいアウト! お仕置き決定!」
「もうすでにやって…ぐぇええええ!」

 腕にきゅっと力を込めれば、カエルの潰れたような声を出す緒方。何と苛め甲斐のある後輩だろう。

「いいぞいいぞー、もっとやっちゃってくださいよ、会長」
「そうそう、こいつここんとこ、授業中ずーっと居眠りばっかなんっすよ。ちょっと思い知らせてやんねーと」
「何ィ?! 俺の眼が黒いうちは、後輩に赤点なんて取らせねえぞ。部活出場停止なんてことになったらどうすんだ」
「だってだって、部長のしごきが半端ねーんすもん! 各務先輩はここんとこずーっと部活休んでるから分っかんねえんですって! あんなハードな練習させられたら、授業中に意識保ってなんかいられねーっすよ!」
「三年生のレギュラーがいなくなった分も、二年一年を鍛えてやろうって不破なりの思いやりだろ、ありがたく受け取っとけ」
「無理、死にます! あんな地獄の特訓、各務先輩だって絶対ぇ耐えられませんから!」
「おいおい、この俺様をお前ごとき一年坊主と同列に語ってくれるなよ? 不破のトレーニングメニューくらい、朝飯前のお茶の子さいさいでくぐりぬけてやるよ」
「言いましたね、言いましたね!! だったら、今日は絶対部活に顔出してくださいよ! 来なかったら不破部長に、各務先輩は部長の特訓が怖くて逃げ出したって告げ口してやりますから!」
「ほんっと…お前はナマイキで可愛い奴だぜ…!」

 最後まで減らず口を忘れない後輩を、俺はしかめっ面で見送る。

「慕われてるんだね、各務」
「どーこがー? 思いっきりコケにされてんだろ、あれは」
「あの子は、各務と一緒に部活動をしたかったんだよ……じゃあ各務、今日は、水泳部に行くんだね。予定の方は、大丈夫?」
「あそこまで言っといて休んじまったら、あることないこと言いふらされそうだしな。久々に顔出しとくか。生徒会の方も、今はそれほど切羽詰まった状況でもねーしな」

 体育祭や文化祭に向けて諸々の雑務はあるのだが、倉橋のおかげで佐原達が生徒会に顔を出すようになってくれたため、現在では以前ほど、仕事に追われることもなくなっている。それでも、役員になる前とは比べ物にならないほど、忙しくはあるのだが。



「あれ…?」

 そうして、和やかに言葉を交わしながら食事を勧めていた俺達だが、メシも残り三分の一ほどになったところで、ふと織田が何かに気付いたように怪訝な声を漏らし、俺はそれに、ぎくりと身を強張らせた。

「…ナス、残してる?」

 く…気付かれてしまったか…。
 そう、俺は、野菜炒めに入っていたコヤツが、実は大の苦手なのである。

「…苦手なんだよ。見た目グロくねー?」

 皮の紫と身の緑のコントラスト比、種の粒々感がどうにも気持ち悪く、何となく口に入れることが出来ないまま、ついぞここまできてしまった。

「グロテスク?」
「生理的に受け付けねーっていうかさ。白子なんかも駄目なんだよなあ。何か、脳味噌みたいに見えちまって」
「ああ…見た目も、味も似てるよね。脳味噌と白子は」
「…喰ったこと、あんの?」

 恐る恐る問いかける俺に、織田は朗らかな笑みを浮かべながら首肯する。

「フランス料理の席で、羊の脳味噌を、何回か。見た目は確かにアレだけど、なかなか美味しかったよ」
「うう…想像したくねえ…」
「それにしても、意外だな。各務にも、苦手なものがあるんだね」
「この歳になって食いもんの好き嫌いなんて、ガキだよな…治さねえといけねえとは思ってるんだが」
「美味しいよ?ナス。俺、結構好き…」
「好物なら、お前が食うか?」
「各務が食べなくちゃ、意味がないじゃない。でも、どうしても駄目なら、食べてもいいよ」
「じゃあ、さっそく頼んだ」
「ん…」

 箸で摘みあげて口の前に差し出すと、織田は一瞬驚いた顔をしてから、おずおずと口を開いた。
 餌を待つひな鳥のような姿を微笑ましく思いながら、口の中にナスを突っ込んでやる。
 『萌えっ』という押し殺したマキの声が聞こえた気がするが、幻聴だろう。そうであって欲しい。

「うまいか?」
「…ん」
「そりゃよかった。これからは、お前にナス処理係を務めてもらうことにするかな」
「好き嫌い、治したいんじゃなかったの?」
「今度からなー。次から治す」
「もおー…」

 これも惚れた弱みというヤツであろうか、苦笑しながらも、仕方がないな…という雰囲気で、織田は俺が差し出すナスを拒まずに食べてくれる。悪いな織田…お前の好意、利用しちまって。けど、こんな卑劣な俺に惚れこんじまったお前が悪いんだぜ…

 そんなニヒルな気持ちで織田にナスを与えていた俺は、ふと、強い視線を感じた気がして顔を上げた。
 どこからこの気配が発せられているのかを探るべく、目だけで周囲を見渡すと、チラチラ遠慮がちに様子をうかがっている生徒たちの中、青ざめた顔で俺達を凝視している人間が、ひとりいた。

 三木本だ。

 柔和な面差しを強張らせ、ぎゅっと両の拳を握りしめたその姿は、普段の軽薄さの片鱗もない。


「…嫉妬か」

 嫉妬だな、間違いない。
 先程の妙な行動といい、しおらしい態度といい、今の反応といい。
 間違いない、三木本は俺達の中に、嫉妬している、そうとしか考えられない。


 三木本は、織田に気があるのだ。


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