「それじゃ、お邪魔をするのもなんですから、あとは若い人たちだけで」
「見合いの席の仲人かよ…」

 内心焦りまくる俺を尻目に、マキはニヤケ笑いを浮かべてそそくさと退散してしまう。

 うう…二人きりになってしまったではないか! また、あんな風に迫られてしまったら、一体どうすればいいというのだ! 意志薄弱な俺のこと、またしてもついうっかり流されてしまいそうな予感が、ひっしひしとするのだが!!

「各務」
「っ…!」

 呼びかけると同時に、ふいに伸ばされた織田の指の甲が、俺の耳を掠める。愛撫どころかスキンシップとも言い難いような些細な触れ合いに、俺はつい、びくっと大袈裟に肩を震わせてしまった。

 く…! 何だこのこっ恥ずかしい反応! 緊張してるのが丸分かりではないか。

 大仰な反応に織田は一瞬目を丸くしたが、すぐに薄く笑みを湛えると、伸ばした手をそのままトンと壁に付き、まるで俺を囲い込むかのような体勢になって、耳元で低く囁いてくる。

「各務…かわいい…」

 それだけで赤面してしまいそうなほど甘ったるい、蠱惑的な声に、背筋がぞわりと泡立つ。

 何、何なんだ、この状態! 何だって朝っぱらからこんな危機的状況下にあるんだ俺は?!

 耳朶をくすぐる甘い声に、吐息がかかりそうなほどすぐそばにある男らしい顔、シャツ越しに伝わってくる体温。近過ぎる距離に混乱し、思わず目を閉じてしまう。

 はっ…! けどこんな状況で目を閉じるって、よく考えたら、いや考えなくたって……してくださいって言ってるようなもんじゃねえのか?! 俺の馬鹿野郎、完全に墓穴だ墓穴!!

 自らの失態を悟るも、だからといってどう対処することもできないまま、身を強張らせて事態の推移を待つしかない。万事休すである。

 だがしかし…来るかと思われた親密な接触は、いつまでたっても訪れず、代わりに降ってきたのは、くすりという忍び笑いの声。

「織田…?」

 恐る恐る目を開ければ、織田が笑いを噛み殺し切れないと言う風に、小さく肩を震わせている。

「今にも取って食われそう…って顔してる」

 え…俺、もしかして、おちょくられたのか…? 織田を意識し過ぎて、柄にもなくしおらしくなっちまったから…

「―――――っ!!」

 かあっと熱くなった頬を隠そうと俯きかけた俺に、織田がとりなすような言葉をかけてくる。

「ごめん、おかしかったわけじゃなくて…各務が、あんまり可愛い反応を返してくれるから、嬉しかったんだ。俺のこと、そういう風に、意識してくれてるんだなって…」
「うう……だってお前、昨日、俺に…!」

 告白した揚句にキスまでしただろ!と詰ってやりたいところなのだが、朝の通学時間帯、廊下をすれ違いざまに好奇の眼差しを投げてくる生徒達の存在がネックとなり、そうしてやることができない。屈辱である。

「そうだね。告白、したもんね…」

 火照った顔で睨む俺に、織田がふと、真剣な表情になって向き直る。

 こ、この流れは…! しくった、ヤブヘビだったか。

 昨日はあのままどさくさに紛れ、織田の気持ちに答えることもせずその場を逃れてしまった。
 一体どういった返事を返せばいいのか、分からなかったのだ。
 織田は俺に真剣な想いを向けてくれた。ならば俺も、茶化すことなどせずに、真剣な答えを返さねばならないだろう。

 織田のことは友人として、好感の持てる人間だと思っている。だが、今朝の夢でも見たように、恋愛相手としての好意を抱けるかというと、難しいところなのである。
 多分俺は、男が駄目だというわけではないのだろう。桐嶋に迫られた時などは、さしたる抵抗感もなく一線を越えられてしまいそうな雰囲気があった。ならば、引っ掛かっている部分は何なのかと問われると、結局のところ…容姿の差、ということになってしまうのではないだろうか。中性的な面持ちですらりとした体格の桐嶋ならば許容出来ても、男性らしい体つきと顔つきの織田を性的対象として見るのは、今の俺にはいささか困難な所業なのである。

 だがしかし、外見というファクター一つで人に対する好感を左右してしまってよいものだろうか。生まれ持った容貌を、人は己の努力だけで変えることはできないのだ。生まれや見た目で見る目を変えるなんて、随分とみみっちい偏見野郎ではないか、大切なのはその人物の人間性、外側ではなく中身こそが大事だろう…とは、思うものの、でも…やっぱり、織田相手に勃つかと言われると…ううむ、難しい。どうにも難しいのである。
 プラトニックを貫くと言う手もあるだろうが、やりたい盛りの年頃に禁欲を強いられるのは辛いし…

 昨晩、そんなこんなを考えつつも答えは出ないまま、疲れもあって俺は眠りに落ちてしまい、その悩みを引き摺ってかあんな夢を見る始末だ。

 どうしよう、どうするべきか…

「織田、あの、俺…」

 結局、どのように返事すべきか明確な回答を見つけられず、うろたえまくる俺の手を、不意に織田がぎゅっと握った。

「各務…俺、急がないから…。答えは、いつでも、どんなものでも構わない。だから、あんまりそのことだけ考えすぎないで。今はただの友達として、俺と付き合って欲しいんだ。俺のこと、もっと知ってもらいたいし、俺ももっと、各務を知りたい。もっと、一緒にいたい、話がしたい、顔が見たい…」

 俺を求めてくるその眼差しに、声に、掌に、この身が焼き焦がされてしまいそうなほどの熱を感じる。

 朝っぱらから勘弁してくれ…頭の中が溶けてしまいそうだ…

「…各務が、俺のことをどう思うかを決めるのは、そうして、一緒に時を過ごしたあとにして欲しい。焦って、俺を知らないままに、選んでしまわないで欲しいんだ。各務が俺を知って、その上で導き出した答えなら…俺は、どんなものだろうと受け入れるよ。だから、お願い。そんな風に身構えないで。今はまだ、何もしないから」
「織田…」

 俺の混乱と当惑を承知の上で、猶予をくれたということなのだろう。俺にとっては渡りに船の申し出ではあるのだが…

「駄目、かな…?」
「駄目っつうか…お前こそ、それでいいのかよ? 相手が俺ってとこも酔狂の極みだが、そんな生殺し状態、気分のいいもんじゃねえだろ」
「ううん、悪くないよ。人を好きになるって、それだけで、心が浮き立つくらい、気持ちいい。恋人として付き合えたら…って、正直言うと思ってるけど…今は、傍にいられるだけで、それだけで嬉しいんだ」
「そう、か…。ごめんな。煮え切らねえ俺が悪ぃのに。お前がそれでいいなら、俺はその言葉に甘えさせてもらう。もう少しだけ、時間をくれ」

 そう言えば、織田はぱっと、輝かんばかりの笑顔になった。

「よかった。あんな風に、勢いだけで告白しちゃったから…避けられたりしたらどうしよう、って不安だったんだ。各務は、そんなことしないって、思ってたけど。でも、ほっとした」
「キスまでしたくせにな。お前って、大胆なのか繊細なのか分かんねえよ。それにしても…朝っぱらから、そんなこと言うためだけに待ってたのか?」
「そんなこと、じゃないよ。俺にとっては、すごく大事なことだだから。だから、どうしても一番に言っておきたかった」
「そ、そうか…」

 照れくささに思わずあさっての方向を向いてしまう俺。織田の愛情表現は言葉を飾らない分、ストレートに心臓に打ち込んでくる。子供みたいな笑顔も伴って、破壊力が半端ない。
素直に感情を表に出せるようになったのは喜ばしいことだが、全くもって悩ましい弊害もあったものである。

「それに、他にも、報告したいことがあって」
「どうした? 何かあったか?」

 ふと真剣な面持ちになる織田に、俺も桃色の空気を忘れ、真面目な顔で問い返す。


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