「好きなんだ、各務」
「織田…」

 小麦色の頬を赤く染め、精悍な顔立ちを恥ずかしげにはにかませ、織田が俺に告げてくる。

「気持ちは嬉しいんだが、俺は…自分よりもデカくてゴツい男はちょっと…」
「そうだよー、なーに言ってんの、織田っち」

 心苦しさを感じつつ断りを入れると、どこからともなく現れた三木本がそう言って、俺の首根っこに飛びついた。

「各務が好きなのは俺なんだよねー。織田っちなんかー、お呼びじゃナイの」
「な、三木本?! お前は一体何言ってんだ? 俺がお前を好きだとか、熱でもあんのか?」

 とんでもない台詞に目を白黒させれば、三木本は衝撃を受けた顔になり、その目に涙を浮かばせる。

「酷い…嘘だったの? あんなに激しく愛し合ったのも、全部…」
「あ、愛し合った…?!」
「それはそれは!聞き捨てなりませんね!!」
「佐原?!」

 お次は佐原の登場だ。形のよい弓型の眉をつり上げ、非難がましい目つきで俺を睨みつけてくる。

「どういうことなんですか、各務。君は僕を愛しているんでしょう。あんな…激しい求愛で、僕の心を奪っておきながら…まさか二股…いえ、三股かけていたというんですか?!」
「なああああ?! いやいやいや、俺には野郎の股を渡り歩く趣味なんてありませんよ?! てか、そもそも俺達、付き合ってねーよな?」
「そーだよねぇ。とーりくんやミッキーや、ましてや織田っちなんかがぁ、会長の相手になるはずないじゃあん」
「みんな、何を勘違いしちゃってるのかなぁ?」
「降矢達…」

 ようやくまともに話が通じそうな奴等が来て、俺はホッと胸を撫で下ろした。

「会長はぁ、僕等がぁ、一番可愛いって言ってくれたもんねぇ」
「僕達のぉ、二人ともぉ相手にしてぇ、あのスタミナぁ……会長のこと、見直しちゃったぁ…」
「いいいいい?!」

 降矢達、お前もか!! 頬をポッとピンクに染めて恥じらう双子に、俺はいよいよパニックになる。
 何、一体何が起こっているというんだ?!

「各務…君という人は! さ、三股どころか、五股ですか?!」
「各務のこと、信じてたのに…」
「各務…みんなはよくて、俺だけ、駄目なの…?」
「会長ぉ…浮気なんてぇオイタしたらぁ…」
「会長の大事なところ、ちょん切っちゃうよお…?」
「いや、あの…」

 五人に周りをぐるりと囲まれ、俺は冷汗を滲ませ引き攣った笑いを浮かべる。
 一体いつの間に、俺がこいつ等の恋人になったというのだろう。
 全くもって記憶にないのだが、身に覚えがないなどと言ってしまえば、総スカンどころか袋叩きにされそうな剣幕だ。
 どうしよう、どうすればいいのだ、どうすべきなのか…考えあぐねるうちにも、どんどん奴等は俺の方へと迫ってくる。

「各務!」
「各務ぃー…」
「各務…」
「カイチョー!」
「会長ぉ!」

 佐原が、三木本が、織田が、降矢兄弟が…

「NOOOO――――!!」

 迫りくる五人の威圧感に耐えかね、ついに俺は絶叫した。




「はっ!!」

 カッと目を見開けば、目に映るのは見慣れた天井と、天井灯。そして俺が横たわっているのは自分のベッド。周りを見渡しても、そこにあるのは馴染んだ家具ばかりで、佐原達の姿はどこにもない。

「夢かよ…」

 カーテンの隙間からは陽光が漏れ、窓越しに賑やかな鳥の鳴き声が聞こえてくる。9月らしい、実に爽やかな朝だ。
 だが俺は、その清々しさを堪能する気にもなれず、頭痛がしてきそうな倦怠感を身に纏ったまま、ぐったりとベッドに横たわったのだった。




「はぁー…朝っぱらから無駄に疲れたぜ…。何だってあんな夢…」

 誰ともなしにぼやきつつ、俺は普段より幾分のろのろとした手で身支度を整える。
 三木本や佐原や、あまつさえ降矢兄弟までもが俺に熱を上げるとか。そんなこと、天地がひっくり返っても起こり得そうにないというのに、何だあの夢。俺の願望? それとも予知夢?
 昨日、織田に告白されたことで、俺もだいぶ動揺しているということなのだろう。その衝撃が、あの妙ちきりんな夢となって現れたに違いない……多分。
 だが、まあ仕方がないではないか。親衛隊のおふざけ混じりの求愛を除けば、真剣に告白されたのはあれが初めてなのだ。もちろん、男からという意味でだが。
 しかも、憎からず思っている相手からとなれば、嬉しいんだか困るんだか照れくさいんだか、色々頭の中が混乱してしまっても無理はない。

「カサノバ計画を続けてったら、他の奴等も織田みたいに俺に惚れたりとか…いやいや、まさか。あいつ等に限って、そんなこと…」

 もともと織田は俺に害意もなく、孤立しがちな上に寂しがりやな性分もあったから、うっかりコロっと俺に惚れ込んでしまったのだろう。俺にバリバリ敵意むき出しの佐原達まで、同じような意味で好意を抱いてくるはずがない…

「うん、そんなことあるわけねえよな! ありえねえありえねえ。マジねえから!」

 そう自分に言い聞かせるように呟きながら、リビングスペースに出れば、マキが妙に弾んだ声で俺を出迎える。

「お早う各務、夜明けの太陽が黄色いぜ! 今日も、萌えに満ちた一日になるといいな!」
「よう、マキ。お前…またすんげークマになってんぞ」
「おかげさまで! 昨日はサンキューな! 素晴らしいインスピレーションを得られたおかげで、創作活動がはかどってはかどって! 気が付けば一番鳥が夜明けをつげていたんだぜ! 一睡も出来てねーけど、ナチュラルハイで今日も楽しく一日を過ごせそうだ! 今の俺は、何だって書ける…そんな気がする…!」
「創作? ああ、お前文藝部だもんな。小説、はかどったのか、よかったな」
「ああ…今度の学祭で出す同人誌、俺の代表作になりそうな予感がすんだよなー」

 そんな会話を交わしながら、部屋の扉を開ければ、そこには思いがけない人物が待っていた。

「織田?」
「おはよう」

 寄りかかっていた廊下の壁から身を起こし、にっこりと俺に笑う織田。

「どうしたんだよ、こんなとこで」
「ん。各務に、話があって」
「え」

 俺は思わず固まった。
 もしかして、昨日の続きをしようとか、そういうこと、なのだろうか…?


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