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 あの後、怒り心頭で織田にくってかかった桐嶋を落ちつかせ、ニヤニヤと薄笑いを浮かべる篠原の脛に蹴りをくれ。何とか事態を収拾させ、ほうほうの体であの場を逃げ出した俺は、ようやくたどり着いた自室の前で、力尽きたようにがっくりとくずおれた。

 ああ…見慣れたはずの我が家が、いつも以上に温かく眩しいものに思えるぜ…

「ただいま…」
「お帰りー。随分遅かったな。お前んとこの美人隊長さんが探しに行ってたぜ」

 最後の力を振り絞ってドアを開ければ、ソファに座ったマキが、やたらと肌色率の高い怪しげな表紙のマンガ本を読みながら、俺を迎える。

「危うく、死ぬところだったぜ…」

 そうぼやいて鞄を床に放り投げ、マキの隣に倒れこむように座った。

「は? 一体何があったんだよ」
「あと少しで処女を失っちまうとこだった…男なのに」
「マジかよ?! あの織田がとうとう行動に?! 寡黙×俺様萌えーーーー!」

 衝撃の告白に、マキは眼鏡の奥の目をキラッキラさせながら身もだえる。

「織田じゃねえよ! つか、寡黙×俺様って何だよ! 萌えって何だよ!!」

 マキの暴走に、突っ込みが追いつかない。

「おっとやべえ、心の声がダダ漏れだぜ。つか、織田じゃねえなら相手は誰だよ。副会長? 会計? 双子庶務? まさかの風紀委員長?」
「そいつらの誰でもねーよ。つうか、何であの篠原のクソ野郎の名前が出んだよ! …織田の親衛隊の奴等に、騙し打ちで誘き寄せられて、マワされそうになったんだよ!!」
「ええええ?! 放課後の教室で、嫉妬に狂った親衛隊が俺様会長にリンカーン?! 鬼畜展開キタコレ!!」
「マキ、お前妙なAVの見過ぎだろ。脳味噌が腐ってんぞ。つか、俺の身の心配くらいしろよ」
「だってお前、ピンピンしてるじゃねーか。つーことは、何もされなかったんだろ。それとも指の一本くらいは入れられたかよ?」
「いや、服剥がれたくらいだ。ギリギリんとこで、織田と桐嶋が割って入ってくれたおかげでな」
「ちっ、つまんね!」

 興醒めしたという風に舌打ちするマキ。

「てんめ、他人事だと思って…! いっぺん自分が襲われてみやがれ!!」
「えー。俺、腐受けとか興味ねーしぃ。常に周囲にアンテナ張り巡らせとかなきゃなんない腐の分際でぇ、鈍感とかむしろ萎えるし。フラグの乱立にも気付かねーような奴は、腐と名乗る資格もねーよ」
「だから、俺にも分かる日本語で喋れよ!! 大体なぁ、お前の助言に従って、織田との仲をこれ見よがしに見せびらかしたせいで、こんなことになったんだろうが!」

 怒りのまま吼える俺に、マキは悪びれる様子もなく肩を竦めてみせる。

「ピンチを共に乗り越えることで、絆がより一層深まる。これ、定番だろ?」
「お前…さては確信犯か」
「はっは。こうまで上手くいくとは思わなかったけどなぁ。さすがに襲われるとかは想定外だったし。バージン死守出来てよかったな? 俺もモブ相手に純潔ロストとか後味悪いの、嬉しくねえし。
 …んで、その後織田とはどうなったんだよ?」
「どうもこうも、現状維持だよ。あいつらに脅されたからって、織田との付き合いを止める義理はねえからな」
「えー、現状維持ぃ? 今回の件は織田のせいで襲われたようなもんだろ。状況を変えねえ限り、また似たようなことが起こるかもしれねーぜ?」
「大丈夫だ。織田の親衛隊とは和解したし、風紀からもエっグイ罰則を与えといたし、もうあんな馬鹿はやらねえよ」
「和解ぃ? 何だそりゃ、何がどーしてそうなったなよ」

 素っ頓狂な声を上げるマキに一連の経緯を説明すれば、呆れかえったような顔をされた。

「本当にまあ…馬鹿が付くほどお人よしだよなあ、お前って。リンチされかけたのに犯人庇うって、マゾなの?」
「ヤな言い方すンなよ! 俺の誠意とか良心とかを穢すなお前は!」

 俺の抗議を無視して、マキは悦に入ったようにしみじみと首を振る。

「しっかし、あの織田が『お前を守る』ねえ…随分とまあお熱いことで。あの朴念仁にそこまで言わせるとは大したもんだ。こりゃもう、織田のハートはがっちりキャッチしたとみて間違いなさそうだな」
「…まあ、なんだ。そういうこったろーな」

 俺は意図的に、返答をぼやかした。
 マキへの報告からは、織田にキスされたことや好きだと言われたことは省略しておいたのだ。思い起こすだけでも顔が火照りそうなくらい恥ずかしいというのに、それを口に出して他人に説明するなど、出来るはずがないではないか。それに、マキに教えてしまったら、何だかすごく厄介なことになりそうな気配が、ひっしひしとするという理由もある。そんなわけで、あくまでも普通の友情が成立したということだけ伝えておいた。
 …まあ、俺の口から説明するまでもなく、変に敏い奴のことだ、全てを悟っているような気もするが…

「さすがは各務。アメムチを巧みに使い分けて、織田を見事に手玉に取ってくれたな。お前は俺が見込んだ以上の、最高の人材だよ」

 俺の両肩にがしりと力強く手を置いて、マキが満面の笑みを浮かべる。俺は顔をしかめてそれを払い落した。

「人聞き悪ぃな。そんな余裕がどこにあったってぇんだよ。いつだって、その場を乗り切るだけで手いっぱいだったっつーの」
「ほーう、全ては無意識の所業というわけか。だが、それでもしっかりと男心を誑すところはさすがだな、カサノバの名を騙るに相応しい男だよ。今後もどんどんその調子で、あの萌え面子を攻略していってくれたまえ。
 …というわけで、第一関門は突破したことだし、次のステップに移るとするか?」
「いよいよ、第二段階か。次のターゲットは誰にする?」
「…そうだな…お前と織田が親しくしているのを見て、一番動揺を見せてたのはどいつだった?」

 謀略に目を光らせるマキに、俺は腕組みして唸る。

「動揺か…うーむ、佐原は憎らしいくらい余裕綽綽だったし、双子もいつも通りキャンキャン騒いでるだけだったし…三木本の様子が一番おかしかった気がするな。そういや、あいつ…やたら織田を気にしてた気がする。もしかして織田に気があったのか?」
「さあてな。だが、どんなベクトルであろうが、お前に対して強い感情を持ってりゃ、それが一つの取っ掛かりになる。というわけで、次の標的は三木本に決まりだな」

 そう言って、マキは掌に拳を打ち付け、不敵に笑う。

 三木本…俺とは比較にならないほど男経験の豊富なあいつを、初心者に過ぎない俺が堕とせるだろうか……だがまあ、虎穴に入らずんば虎児を得ずと言う、とにもかくにも取りかからないことには話にならない。始める前から臆していてどうする。

 幸いなことに、俺には優秀な…多分優秀なブレーンもついている、何やかんやで何とかなるのではないだろうか。
 半裸の少年たちが絡み合う表紙の本を片手にニヒルに笑むマキの姿に、若干の不安を感じないわけでもないのだが、とりあえずはそんな楽観に任せて、俺は長くも濃い、濃過ぎる一日を、ようやく終えたのであった…



【To be continued…】

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