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「各務様。これで、ご実感いただけたでしょうか?」
「げ、桐嶋」

 敗北感と屈辱にうち震えていた俺に、腰に手を当てた桐嶋が、メッという擬音のつきそうなしかめっ面を向けてくる。

「以前にも申し上げたように、生徒会長の位は、名誉と栄光だけを約束するわけではないのです。綺羅星のように眩い役員の方々には、その輝きに魅せられた信奉者たちが衛星のように付き従い、自らの主の覇権を競っております。生徒会役員に選ばれたことで、各務様は否応なしにその闘争の只中に放り込まれてしまったのです。それでなくともただでさえ、むやみやたらと目立つというのに…
 各務様、私はただ、あなたに傷付いて欲しくないだけなんです。豪胆な振る舞いをなさっていても、心根の優しいあなただからこそ、お守りしたい。ですからどうか、警護の許可を。身辺に侍られることがお嫌だと仰るのであれば、目につかぬよう、影からひっそりとお守りいたしますから。ご承知、いただけますね…?」

 ひたむきな眼差しで、桐嶋は切々と訴えてくる。
 純粋に俺の身を案じてくれる、その想いは、とても嬉しくありがたいものだ。

 だが、俺は。

「承知………できねえ」
「どうして! 今回は運よく救助が間に合い未遂で済みましたが、次はどうなるか分からないんですよ?!」
「なあ桐嶋。生徒会長って、一体何だ?」

 唐突な俺の問いに、怪訝な顔をしつつも桐嶋は律儀に口を開く。

「生徒会の最高責任者で、生徒の代表たる、学園の統率者…」

 その答えに、俺は肯いた。

「そうだ。俺は全生徒の代表者であり、代弁者なんだよ。支配者でも、王でもないんだ。護衛なんて垣根を作るようじゃ、生徒達を信頼していない、敵だと見做しているようなものだろう。そんな奴を、誰が自分達の代表として認めてくれる? どんな意見であろうと、生徒会長たる俺には聞く義務があるんだ。例え、今回みたいな、ちっとばかし乱暴な意見でもな。その過程で何があろうと、俺は甘んじて受け入れる。それが、生徒会長として俺が果たすべき、最大にして最高の仕事なんだ。
 …だから、護衛なんてもの、俺には必要ないんだよ」

 決然と、俺はそう言い切った。
 なりたいと思ってなったわけではない会長職ではあるが、俺を自らの代表に相応しいと選んでくれた人がいるならば、俺はその信頼に応えるべく、頑張りたい。他人にも、自分にも誇れる自身であるために。

「各務様…あなたという方は…」

 桐嶋の身体が小刻みに震えている。怒らせてしまったのだろうか。

「どれだけ私を惚れなおさせれば気が済むんですか!!」
「うおっ!」

 ちょっとだけビビっていたところにがばりと抱きつかれ、俺はのけぞりながら桐嶋を抱きとめた。

「分かりました…各務様がそこまで仰るのであれば、私もあなたを信頼いたしましょう。織田様の親衛隊のように、過保護だと呆れられてしまっては恥ずかしいですしね。ですが、くれぐれもご自愛くださいね! 自分が傷付いてしまっては、誰かを助けるどころではなくなってしまうのですよ! 生徒会長である前に、あなたも一人の生徒であるということを、けしてお忘れなきように」
「ああ、気をつける。無茶はしねえよ」

 神妙に頷けば、桐嶋はようやく納得したように俺を解放してくれた。




「やれやれ…飯を食ってさあ寛ごうって時に、今日二度目の呼び出しだぜ。お偉い生徒会長閣下は人使いが荒くて困る。時間外労働をさせんなら、それに見合う超過手当を支払ってもらわねぇとなあ?」

 桐嶋を宥めることができホッとしていた俺に、首をこきこき鳴らしながら篠原がそんな戯言を向けてきた、

「ああ?! そんなに報酬が欲しけりゃ、値千金の価値があるらしい、生徒会長様のキスでもくれてやろうか?!」

 偉そうで厭味ったらしい物言いが、本当にむかっ腹の立つ男である。先ほどの件もあり苛立っていた俺は、何とかして篠原の野郎をぎゃふんと言わせようと、そんな台詞と共にあいつの顔ギリギリまで顔を近付けてやった。犬猿の仲の野郎にそんな真似をされれば、鳥肌モノだろうと思ったのだ。

「んなチンケなものじゃ到底ワリに合わねえが、腰砕けにされてもいいなら、身体で支払ってもらって構わねえぜ」

 だがしかし、篠原は怯むどころか不敵な笑みを浮かべ、俺の顎をがっちりと掴んでくる。

「テメーの貧相なテクで、この俺様の腰が抜けるわけねーだろ」

 くっ、捨て身の覚悟で嫌がらせを実行してやってもいいのだが、どう考えてもこっちのダメージの方が大きそうな気がする。しかし、自分から仕掛けておいて逃げだすのも、負けを認めるようで癪であるし…

 じわじわと近付いてくる篠原の顔に、俺は焦りを感じながらも動けずにいた…のだが。



「…駄目」

 腕を引かれ、よろけた俺の身は、逞しい長身に抱きとめられる。太く、力強い腕が背中に回され、もう片方の手のひらが、優しく俺の頬に触れ、そっと仰のかされ。
 そのまま寄せられた織田の唇によって、俺の唇は塞がれた。


「ん…っ」

「…口は、食べることと、気持ちを伝える他にも…キスするためにも。あるよね…?」

 ややあって唇を放した織田が、俺の額に額を合わせ、囁くように言う。

「あの…織田」
「なに?各務」

 僅かに頬を紅潮させた織田が、にっこりと微笑む。それに、俺は呆然としつつ一つの問いをかける。

「お前は、倉橋のことが、好きなんだよな?」
「好きだよ。なつは、大切な友達だ」
「だ、だよな? だったら…」
「なつは、俺を守ってくれた。そのままでいいからって、情けない俺を庇ってくれた。俺はそれに甘えて、自分は何もしようとしないで…周りのみんなを傷付けてることからも、逃げたままで。でも、それじゃ駄目なんだってことを…大切なものを守るためには、自分が強くならなきゃいけないんだって、俺が、変わらなきゃいけないんだって…それを、気付かせてくれたのは各務だ。だから、好きなんだ。キスしたいと思うくらい、好きなのは、各務だけなんだ」

 口下手と自認する織田の訥々とした言葉には、拙さを補って余りある情熱が込められており、どんな華麗で装飾的な台詞よりも雄弁に、思いの丈を伝えてくる。

 その熱に打たれ、激しい動悸と突発的呼吸困難に襲われた俺は、きゅうっと抱き締めてくる腕に抗えるはずもなく、火照る頭と力の抜けた身体をらしくもなくしおらしく、織田に預けた。

 織田の肩越しに、血相を変えて目をつり上げる桐嶋と、腹を抱えて笑い転げる篠原の姿が見える。



 ああ…全ては、終わったはずなのに。親衛隊の問題なんかよりもずっと、デカイ問題をしょい込んだ気がするのはなぜだろう。

 気が遠くなりそうな疲労に襲われ、俺は織田の腕の中でぐったりと目を閉じたのであった。


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