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「正巳様! どうしてあんなことを仰ったんですか!!」
「そうです!僕等の身代わりになんて!」

 処罰が穏当に済みそうだと分かって安堵したのか、涙目で詰め寄る中澤達をそっと抱きとめ、織田が微笑する。

「お前達には、沢山のものを貰った。愛情も、献身も、他にも、もっと……だから、俺にも少しくらい、返させてくれてもいいだろう?」
「正巳様…」
「織田様…っ」

 目をうるうるさせながら、織田を見つめる中澤と小森。今のでより一層、織田に惚れ込んだと見た。あの朴念仁のこと、意識してそうしたわけではなかろうが、全くもって罪な男である。


「感動シーンに水を刺すようで悪いがな。退学こそ勘弁してやるが、誰も無罪放免してやるとは言ってねえんだぜ。織田様にはきっちりと、飼い犬共の粗相の始末をつけてもらうからな」
「ああ…如何様にもしてくれ。どんな内容であろうと、受け入れる覚悟はできているから」

 中澤達から身を離し、織田は篠原に向き直る。

「んじゃ、まずは実働部隊の筋肉ダルマ五人…っと、廊下で目を回してるのも合わせて六人か。その割り当てだ。ちょうど、庭師が草刈りの助手を探しててな。その手伝い1週間を命じる」
「うっ…」

 それを聞いて、思わず呻いてしまう俺。
 夏の盛りは過ぎたものの、まだまだ残暑厳しい時節である。無駄にだだっ広いこの学園の敷地の草刈りとなれば、無間地獄を彷徨うがごとき苦行になることは間違いない。

「お次は共謀者のチビの分。理科準備室の標本を全て、顔が映るくらい綺麗に磨き上げること」
「ひっ!」

 準備室の棚にずらりと並ぶホルマリン漬けの標本を思い出したのか、小森が青い顔になって悲鳴を上げる。気持ちは分かる。得体の知れない臓腑や、小動物の死骸など、間近でとっくり眺めたいものではない。

「ラストは主犯のボス猿の分。本棟全てのトイレ掃除、一週間分な。便器も舌で舐められるくらい、綺麗に磨き上げろよ。手を抜いたら本当にそうさせるぜ」
「ぐ…」

 中澤が、眉間に皺を寄せる。プライドの高そうな奴にとっては、便所掃除など屈辱以外の何物でもないだろう。敬愛する織田にそうさせることになるならば、尚更だ。

 それぞれにしっかり肉体的、精神的ダメージを与える、適材適所の罰則を考案するあたり、さすがは篠原。嫌がらせの腕にかけては天下一品である。


「ただし、各々の処罰区分に限り、織田をサポートすることを認める。あくまでサポートだからな。全部を肩代わりすることは許さねえ。風紀委員を見張りにつけるから、誤魔化しは通用しねえと心得ることだ」

 あくまで織田に責任を取らせる形をとりつつも、親衛隊メンバーにもきっちり罰を与え、なおかつ犯行の予防措置にもなる。認めるのは甚だ小癪だが、なかなかに見事な大岡裁きではないか。風紀の長の称号は、伊達や飾りではないようだ。

「すまない、篠原…我儘を聞き入れてくれて、ありがとう」
「礼を言うには早いんじゃねえか? 罰掃除を終えてからも同じことを言う気があったら、そん時は聞いておいてやるよ」

 恐縮する織田に、手を振って応える篠原。その背に向かい、中澤が頭を下げる。

「…ご厚情に、感謝します、篠原委員長。それに、各務会長。多大なご迷惑をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます。誠に、申し訳ございませんでした」
『申し訳ありませんでした!』

 続けて、小森や他の隊員達も声をそろえて陳謝した。すっかりしおらしくなったその姿に、篠原が満足そうに笑う。

「ふん、ちったぁマシになったようだな、バカ犬ども。これに懲りたら、もう二度と飼い主の手を煩わせるような真似すんなよ。分かったら、風紀委員室で反省文の執筆に取り掛かれ。氷の副委員長が面倒をみてくれる手はずだ。鼻血野郎と廊下で寝てる奴は、先に保健室に行って来いや」

 篠原の言葉を受け、親衛隊員たちは一礼して教室を後にした。





「いくら何でもあんだけ脅しつけりゃ、もう馬鹿はやらねえだろ」

 大人数が去りがらんとした教室で、篠原が疲れたようにぐっと背筋を伸ばす。その言葉に、俺の眉と、声のトーンが跳ねあがる。

「お前…まさかまたフカシこいて、この俺を謀りやがったのか?!」
「人聞きが悪いな。八割方本気だったさ。あいつらの性根が腐りきったままならな。書記殿とバ会長閣下が涙もちょちょ切れる感動劇を繰り広げてくれたおかげで、奴等も改心して、幸いなことにそうならずに済んだんだろう。第一、俺は一言も退学にするとは言ってねえだろ。退学に処すには十分だとは言ったが」
「――――っ!!」

 にやにや笑いを向けてくる篠原に、俺はぐっと拳を握りしめた。そうしてなお余りある怒りが、プルプルと拳を震わせる。


 俺は、俺が大好きだ。

 イケメンで頭もよく、おまけに運動神経もいい。性格も悪かねーし、生徒達からの信頼というものもそれなりに得ている。自分で言うのも何だが、天衣無縫の完璧男ではなかろうか。

 だがしかし、この男の前ではこうして何度も、自分が完璧などではけしてないことを思い知らされる。自分が取るに足らないちっぽけな男であることを、眼前にまざまざと見せつけられるのだ。

 だから俺は、篠原の野郎が大っ嫌いだ!


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