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「あんな辱めを受けて許せるはずがないでしょう、普通! 大の男がいいように弄ばれ虚仮にされて、腹が立たないわけがない! 僕達が憎いなら、いい人ぶって格好つけてなんてないで、とっとと退学処分にでもすればいいじゃないですか! その方が、あなたもせいせいするでしょう!?」
「ほら、ご当人もああ言ってることだしな。遠慮なくそうさせてもらうか?」

 猫が毛を逆立てるような剣幕でまくしたてる小森に、篠原が横から茶々を入れる。ふざけたニヤケ面を横目で睨み返してから、俺は小森を落ちつけるべく言葉をかけた。

「混ぜっ返すな篠原! あのな、小森…ちっとばかし痛い目に遭わされたからって、相手を倍返しに叩きのめして溜飲下げるほど、俺は落ちぶれちゃいねえんだよ。人の不幸を悦ぶような、器の小せえ男にはなりたくねえからな」
「だったら、織田様の前でいい恰好をしてみせて、好意を得ようとでもいう寸法ですか?! 紛いなりにも生徒会長ともあろう人が、随分と姑息な真似をするんですね!」
「小森、止めなさい。各務会長は、私達のために…」
「隊長はあんな人にあっさり丸めこまれてしまったようですけど、僕は納得なんてできません!」

 いきり立つ小森をなだめようと中澤が声をかけるが、小森は肩にかけられた手を思い切り振り払う。

「隊長は、お友達なんて都合のいいおためごかしで満足なんでしょうけど! 僕は、織田様が好きなんです!! かっこいいし、言葉は少ないけど優しいし、時々見せてくれる笑顔がすっごく可愛いし…! 声も色っぽいし…バスケだって、セックスだって上手いし!」

「へー…」
「ほーう」
「おやおや…」

 勢いの余り、とんでもないことを言いだす小森。
 俺と篠原、桐嶋の反応に、織田が顔を真っ赤にしてうつむく。

「今更、友達なんて言われても無理です! だって僕は、織田様のことが好きで好きでしょうがないんです!! 心がなくなっていい、セフレでいい、身体だけでもいい、織田様が欲しい…! ねえ、隊長、今までみたいに皆で織田様を守っていけばいいじゃないですか! どうして、今のままじゃ駄目なんですか?! 僕は、このままがいい…っ!友達なんかじゃ、全然足りない…!」

むせび泣くような声でそう訴え、小森は両手に顔を埋める。

「お前、本当にこいつに惚れてんだな」
「悪いですか?!」

 思わずそう呟けば、顔を上げ、血走った眼で睨みつけてくる小森。それに俺は両手を上げ、敵意もからかいの意図もないことを示す。

「いんや、悪いことなんざいっこもねえよ。まあ、仕方ねえよな、織田は魅力的だし。我を失うほど誇れ込んでも無理はない。けどな、小森。お前、あいつが恋敵に嫌がらせするようなみみっちい性格だったら、惚れてたかよ? 気持ちが伴わない行為を強要するような、そんな奴ならどうだ?」
「そ、れは…」

 親衛隊が今までやってきたことを織田の身に置き換えてそう問うてやれば、小森は唇を噛んで顔を伏せる。

「自分でも好きになれねえような奴を、惚れた相手には押しつけようってか? お前が好きだって言う織田の優しさに付け込んで、自分の満足だけ得ようって腹積もりかよ。それは随分と、ムシのいい話だよな?」
「僕は…そんなつもりは…」

 押し黙ってしまった小森の頭に、俺はそっと手を置く。

「なあ小森。本当に織田が好きなら、回りくどい真似なんてしてねーで、真っ当な手段でお前に惚れさせてみろよ。ガキみてえに駄々こねてねだるだけじゃなくて、あいつに欲しがられるくらい、魅力的な人間になってみせりゃいいだけの話だろ? 俺みたいな、誰もが思わず振り返るような、いーい男にな」
「ぐ…っ、! 上から目線で、偉そうに…っ! 一体何様のつもりですか!」

 頭に置かれた手をはたき落して睨みつけてくる小森に、俺はこれ以上ないってくらい、とびっきりの笑顔を向けてやる。

「天衣無縫で天下無双、最強にして最高の生徒会長様」

「な…な、な…っ!」

 呆れたのか気圧されたのか、はたまた俺様の笑顔に見惚れたか。小森が顔を真っ赤にして、ぱくぱくと金魚のように口を開け閉めする。

「女々しく嘆いたり、姑息な策を弄する暇があるならその分全部、自分を磨く時間に回せ。惚れた奴に恥じることない、イイ男になってみせろ。さっさとしねえと、俺が織田のマブダチの座から恋人の座まで全部、奪っちまうぜ」

 そう言うと俺は織田の肩を引き寄せ、、無防備に晒されたシャープな輪郭の頬に、軽く口付けた。

「か、各務…」
「織田様…っ! 何するんですかー!!」

 赤い頬をさらに赤くする織田に、ムンクの叫びのような顔になる小森。目をつり上げる小森に、俺は挑みかけるように笑う。

「悔しけりゃ、お前もやってみろよ。出来るもんならな」
「くっ…! あなたみたいな粗野で無教養で傲慢な人には、絶対に負けませんから! 各務会長よりずっといい男になって、織田様の心を振り向かせてみせます!!」
「ふ、せいぜい頑張れよ」

 拳を握りしめて宣戦布告してくる小森に、俺は目を細めた。
 佐原達にいびられても屈しなかったことといい、今といい、見た目に反し、なかなかこいつは根性がある。
 この様子ならば、織田との関係が変わったとしても、へこたれずにまたやっていけることだろう。小森はもう、大丈夫だ。



「お説教は終わったか?会長閣下」

 小森と話している間、黙って眺めていた篠原が、腕組みをしてそう尋ねてくる。

「ああ、お前が目を開けて寝ていた間に、会長様が仁徳を以って丸くことを収めてやったぜ」
「なら、話がまとまったところで、肝心の処罰内容の件に戻らせてもらおうか」

 はっ。そう言えば、退学にするだのしないだので揉めていたのだった。

「だから、その件は…」
「俺が、受ける」

 抗議しかけた俺を遮り、織田がきっぱりとした口調で篠原にそう告げる。

「織田様?! 何を…」
「俺のためにされたことなら、その責を負うべきなのも俺だ。今までの分も、これからも…全部、俺が引き受ける。例え、証拠が見つからなくても構わない。全て、その責めは俺に…」
「その結果、退学になったとしてもか?」
「…構わない。それが、今まで甘え続けてきたつけだ」

 篠原の試すような問いかけにも、織田は目を逸らさずにそう答える。

「正己様…そんな…」

 中澤がクールな顔を歪め、泣き出しそうな声を出す。

 親衛隊は、織田を守るため、織田の便宜を図るため、織田の利益を最大限にするため存在するのだ。織田に迷惑や負担をかけるようなことが、できようはずもない。
 織田は自分の身を差し出すことによって、親衛隊による嫌がらせ行為を防止する担保としたのだ。

 織田の返答に、篠原は唇の端だけをつり上げる、お得意の皮肉げな笑みを浮かべる。

「ふん…いい根性してるじゃねえか。いいだろう、その心意気に免じて退学は勘弁してやる。お優しい主にせいぜい感謝することだな、バカ犬ども」

 退学になんぞ、絶対にさせるつもりはなかったが、篠原の口から出たその言葉に、俺はほっと胸を撫で下ろした。


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