29

「よくできました、ってな。けどな、お前がそれを言うべき相手は俺じゃねえだろ?」

 織田の背中に手をやり、背後でずっと、心配そうな面持ちでことの成行きを見守っていた親衛隊の方を促してやる。

「正巳、様…」
「織田様…」

 予想もしなかったであろう気持ちを告げられ、呆然とする中澤達に織田は向き直る。

「俺は…本当は、全部知っていたんだ。お前達がしていること……だけどずっと、目を逸らして知らないふりをしていた」

 何だと?! 知ってたのかよオイ!
 思わず柳眉が逆立ちかけるが、ここで織田の話の腰を折ることになってはことである。突っ込みたい気持ちをぐっと堪え、俺は無心で聞き役に徹するよう努めた。

「よくないことだと思っていても、それを窘めることで、煩わしがられるのが怖くて、何も言うことができなかった。俺は、お前達から嫌われたくなかった……いや、違う。単に一人になりたくなかっただけなんだ。家柄だけしか取り柄のない、ずるくて弱い、情けない人間になんか、お前達の他には、誰も近付こうとしないだろうから…」
「正巳様! あなたはあなたが卑下されるような人間ではありません!」

 かぶりを振る中澤に、織田は自嘲めいた笑みを浮かべる。

「いいや。俺は、臆病で卑怯な、最低の人間だ。なつの時も、何をされてるのか知ってても…くじけないなつの強さに甘えて、なつから離れることも、お前たちを諌めることもしないまま…自分だけが居心地のいい場所にいた。嫌がらせを受けていたなつが、苦しくなかったはずがないのに。俺が、護らなきゃいけなかったのに…! 俺は、大切だと思う人の困難にも目を覆い、耳を塞いで自己保身に走るような、そんな人間なんだ」
「正巳様…」
「…分かってるんだ、お前達が制裁を下す理由。全部、俺がそんな弱い奴だからだ。俺が頼りないから、俺を守ろうとして、周りの人間に対して、攻撃的になってしまうんだ。原因は全部、俺にあるんだ。
 …でも、こんなことを続けたって、誰も喜ばない。お前達だって、本当はこんなこと、したくなんかないはずだ。人を傷付けて、嬉しいと思う人間なんて、いるわけがないんだ…! それなのに、お前達は…俺の、ために…っ」

 織田の言葉が詰まり、真っ赤な目から涙がぼろぼろと零れ落ちる。

「だから、頼む…もう、俺なんかのために、お前たちの心まで貶めるのは止めてくれ。俺が、強くなるから…。お前達の手を汚さなくて済むように、強くなれるように、頑張るから…! 庇護すべき対象なんかじゃなく、普通の、友人として…俺を受け入れてほしいんだ…」

 クールな織田様の威厳はどこへやら。なりふり構わぬその懇願に、親衛隊のメンバーはただただ唖然と織田を見つめ返すばかりだ。
 だが、面喰った様子ながらも、織田の言葉に心を揺り動かされたらしいことは、潤んだ瞳と紅潮した頬から見てとれる。織田の気持ちは、確かに奴等に届いているのだ。
 所詮は他人の俺が上から目線で説教しても、反発心が湧くだけだったのだろうが、奴等が護るべき、敬愛する織田が、自分達のことを認めて理解してくれただけではなく、胸中を案じて涙まで流してくれたのだ。ただでさえ織田スキーな面々が、これで感動しないわけがない。

「あーあ、泣かせた」
「なっ…」

 織田の思いに胸を打たれつつも、どう応えていいやら分からない様子の中澤に、からかいの言葉を投げかけてやれば、目に見えてうろたえる。あたふたと意味不明に手を動かしながら、織田に向かい口を開く。

「で、ですが正巳様…お気持ちは、大変、光栄なのですけれども…っ! 我々は、正巳様の忠実なるしもべとして侍るためにも、公私のけじめはきっちりとつける必要があるかと、そう…」
「あーっ、いい加減うぜぇぞ、それ! ダチになりたいと思ってるのは織田だけじゃなくて、お前だってそうなんだろうが、中澤。あいつの隣にいる俺に、嫉妬してたんじゃねえのか? ただの『ダチ』としてそばにいる俺によ。だから俺の言葉に不愉快そうな反応したんだろ。それって、お前もそうなりたいからじゃねえのかよ?」
「だ…黙れ!」
「そうやってムキになるのが、何よりの証拠ってな」

 顔を真っ赤にする中澤に笑って見せてから、俺は真剣な顔になって言う。

「中澤…小森、他の奴等も。お前らが、織田のことを大事に思ってるのは分かってる。だけどな、それが相手の気持ちを思いやらない押し付けになっちまったら、本末転倒だろう。織田を守るために動いてるのに、そのせいでこいつに一人でいいなんて言わせちまって、泣くまで思いつめさせて…それが本当に愛情だって言えるのかよ。大事なら、織田の想い丸ごとひっくるめて受け止めてやれよ。男なら、大切な奴のたった一つの我儘くらい、聞き入れてやる甲斐性はねえのか」
「私、は…」

 目を泳がせ、中澤は唇をかみしめる。
 本音と建前に揺さぶられ葛藤する中澤に、それまでずっと黙っていた桐嶋が、初めて声をかけた。

「建前ばかり気にして不毛な関係を続けるより、互いに譲歩して、心地の良い距離を探っていけばいいでしょう。親衛隊とその主が親しく交わってはならないなんて法律は、どこにもないんですからね。嫉妬心から下劣な陰謀を企てる暇があるなら、良好な関係を保てている各務様と我々を見習ってはどうですか? それとも、あなたがたに求めるには高度過ぎる所業でしたか?」
「だ、誰が! 各務会長の親衛隊ごときにできることが、我々にできないはずがないでしょう!」
「中澤…」

 桐嶋の挑発に乗せられた中澤に、織田が希望の籠った目を向ける。
 思わず漏れてしまった言葉にはっとなった中澤だったが、覚悟を決めたかのように背筋を伸ばす、織田に向かって頭を下げた。

「…申し訳ありませんでした、正巳様。あなたのためによかれと思ってやったことが、逆にあなたをそこまで苦しめることになったなんて。あなたの腹心たるべき者として、許し難い失態です」
「頭を上げてくれ。お前のせいだけじゃない。俺が織田の人間として頼りなかったせいもあるんだ。お前達だけに、責任を負わせることはできないだろう」
「……正巳様。あなたの望みを叶えることこそ、私の最たる使命であり、至高の幸福です。しかし正直を申しまして、友人という、距離の取り方が、私には分かりません。ゆえに、あなたの求めるものを与えられるか、確信はありません。ですが、あなたを傷付けた、こんな私でもそばに置いて下さるのであれば…もう一度、やり直したいと、そう…思います」

 そう言って、断罪を待つ罪人のように、中澤は項垂れた。

「やり直したいんじゃない…これから、始めたいんだ。友人として、新しく」

 その手をそっと取り、織田が言う。

「正巳様…」

 顔を上げた中澤は、微笑む織田につられたように笑い返し、その頬から一滴の涙を滴らせた。



 手を握ったまま見つめ合う二人を眺め、俺はこれまでの苦労やらストレスやらをも吐き出す勢いで、盛大に嘆息した。とどのつまりは、お互いに親しくなりたいだけだったってえのに、こんなにことをでかくして。本当に面倒で大馬鹿な奴等だ。

 中澤が言ったように、今更奴等が普通の友人としてやっていけるようになるかは分からない。
 だが、互いが互いのために歩み寄ることを決めたのであれば、奴等の関係も、以前のように歪なものにはならないだろう。

「とりあえずは一件落着だな。ったく、痴話喧嘩に他人を巻き込みやがって、いい迷惑だぜ。今回は俺様の寛大な心によって許してやるが、次はねーからな。感謝しろよ、大馬鹿野郎共」
「ありがとう…各務」

 言葉通り、素直に謝罪の言葉を紡ぐ織田に、俺は苦笑いする。

「だがまあ、一応けじめはつけさせてもらうからな。桐嶋、風紀委員に報告してくれ」
「かしこまりました…ですが各務様、お二人だけ残していって平気ですか?」
「大丈夫だ。あいつらはもう、織田を悲しませるようなことはできねえよ。ってことは、俺に悪さも仕掛けらんねえってことだ」
「そのようですね。では、しばしお待ちを…」

 一礼し、桐嶋は教室をあとにした。


「各務、ちょっといい…?」
「ん? ああ、

 織田に呼ばわれ、神妙になった親衛隊の奴らを置いて、俺達は廊下に出た。

 気付けば夕日はとうに沈み、窓の外は群青の闇に染まっている。もうそろそろ夕飯の刻限ではないだろうか。確か今日の日替わりのおかずは油淋鶏だったはず。育ち盛りの青少年達に、唐揚げは大変好評だ。定食が売り切れてしまわないうちに、食堂に行きたいものだが…

 呼び出したはいいが、一向に喋らない織田を放ったまま、空腹感に襲われ始めた俺はそんなことをつらつらと考える。

「…ごめん。また、迷惑かけた…」

 そろそろ本格的に腹が減ってきた頃、黙りこくっていた織田が、ようやくぽつりと呟いた。

「ま、迷惑じゃなかったって言ったらウソになっちまうけどな。別に気にしねえよ、この程度じゃ。倉橋の問題もお前の悩みも一気に解決できて、結果オーライじゃねえか。これからは、気兼ねすることなく堂々と一緒にいられるな」
「俺は…お前のそばにいていいのか…?」

 何をビビっていたのかと思えば、そんなことか…

「当たり前だろ。ダチとつるむのに許可を取る必要なんてあるか?」
「各務…」

 そう言って笑いかければ、織田は感極まった声で俺の名を呼び、首根っこに抱きついてくる。ううむ、大型の動物に懐かれたような感覚だ…織田の頭をぽふぽふ叩きながら、そんなことを思う俺。

「あ…」
「どうした?」

 抱きつく腕を緩め頭を上げた織田は、俺を見下ろし顔を曇らせた。

「…キスマーク」

 呟いて、スッと手を伸ばす。乾いた指先が首の根に触れ、俺の背筋がぞくりと泡立つ。

「あー…中澤に舐められた時についたんだな。そんな目立つか? 参ったな、他の奴等に何て言い訳すりゃいいのか……あの、織田?」

 片手が変わらずキスマークの上をなぞる一方で、もう片方の手が俺の背中に回され、ぐいと引き寄せられる。

「…ごめん」
「ん!」

 謝罪の言葉を述べた面が、再び俺の首元に埋めらる。と、同時に、ざらりとした生温かい感触が肌を伝う。

「え、あの…お前、今…舐め…」
「俺が、お前を守るから…」

 パニくる俺の頬を大きな掌ではさみ、織田が厳かに宣言する。

「もう、絶対に、傷付けさせない…」

 織田の顔が近付いてくる。
 ゆっくりと細められてゆく切れ長の瞳から、魅入られたかのように目を逸らせない。

 このままだと、俺は…


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