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「冗談なんて。あなたを興がらせるためにこんな大掛かりな仕掛けを用意するほど、我々は酔狂ではありませんよ。まあ、現実逃避したくなる気持ちは理解できないでもありませんが」

 あまりにとんでもない制裁方法に仰天する俺を、中澤がクスクスと小馬鹿にした風に笑う。

「いや、だって普通思わねーだろ!! 180もある大男を強姦しようなんざ、一体誰が思いつくよ!!」
「自分の男性性に自信を持つ人間ほど、女のように扱われ犯された衝撃は大きい…そういう意味では、制裁や拷問に効果的な方法として利用されていますよ。あなたのように気位の高い人間を貶めるにも、もってこいのやり方でしょう?」
「…お前の言ってた、巧妙なやり方がこれかよ…」

 得意げな顔の中澤に、俺はげんなりしながら呟き返す。
 中澤は小森のやり方を貶していたが、正直どっこいどっこいのアホさ加減というか、くだらなさであろう。

「あなたはリンチでも受けるのかと思われていたようですけどね。そのやり方では駄目なんですよ。傷跡が暴行を受けたと言う証拠になってしまいます。そうなれば、あなたと揉めていた我々親衛隊が疑われるのは必至。織田様にもご迷惑をかけてしまいます。
 ですがこの方法なら、傷を負ったとしてもまず他人に晒されることのない場所ですし、避妊具を使えばあなたの証言以外に証拠も残らないでしょう? それに何より…訴えようにも各務会長、あなたのその高慢なまでのプライドが邪魔をして、男に慰み者にされたなどと、犬猿の仲の風紀委員長に泣きつくこともできないでしょうし」
「く…」

 まさしく中澤の言葉通り、この俺様が男にいいようにされたなどと触れ回れるはずがない。ましてや、あの根性のねじくれた篠原になど。指さして笑われるに決まっている。
 犯行そのものが露見せず、被害者も訴え出ることができないとなれば、まさに完全犯罪の成立だ。そういう意味では、確かに『巧妙』と言える手段だろう。馬鹿馬鹿しくも下劣なことに変わりはないが。

 それ以上言い返す言葉を思いつけずに奥歯を噛みしめる俺を見下ろし、中澤が口を開く。

「…そんな体格の割に、体毛が薄いんですね、会長様。少々意外でしたよ」

 舐めるような眼差しが俺の下半身に注がれている。どの部分のことを言っているかなんて、考えたくもない。

「てめーにゃ関係ねえだろ」
「十分ありますよ。あなたには、この者等を興奮させるだけの役を果たしてもらわなければいけないのですから。今までに相手にしてきたのは、どちらかというと『可愛らしい』外見の者ばかりでしたから、あなたのような男性らしい人間相手に使い物になるか、いささか怪しいところがありましてね。ですが体毛がそれほど濃くないとあれば、むさくるしさも少し軽減されるでしょう? あなたのその立派な体格も、彼等を昂らせる妨げにはならないかもしれない」

 褒められているのか貶されているのか分からない台詞は、ひとまずは聞き流してやろう。
 だが、その他は聞き捨てならない、絶対に。

「お前ら、まさか…他の奴にも同じことを…?!」

 俺に対する仕打ちが初めてではないとの告白に、俺は愕然と奴を見返す。

「ええ。でなければ、こうまで効率よくことが為せますか? あなたであろうが誰であろうが、織田様に群がる害虫を排除するのが、我々の務めですからね」

 そう、中澤は悪びれた様子もなく俺の言葉を肯定してみせる。そのいけしゃあしゃあとした態度に、もともとさして頑丈ではない俺の堪忍袋の緒はブチ切れた。

「ふ…ざけんな!! 犯罪行為のどこが務めだ! 世間さまに顔向けできねえような行為を、ふんぞり返って触れまわってんじゃねえっ!!」
「そう、いきり立たないでくださいよ。どれも、最後まではしていません。途中で止めて脅してやっただけです。何せ、この学園に通う生徒の大半は、織田様には到底及ばないとはいえ、それなりに名の通った家の人間ですからね。万一ことが漏れて大事になってしまえば、あとが面倒だ。でも、あなたは別です各務会長。庶民のあなたをどうしようとも、誰も咎める者はいない。我々に逆らってまであなたを守るメリットなんて、誰にもないんですからね。ですから、今回は特別に、最後までさせてもらいます」

 批難を軽く鼻であしらい、中澤は俺の傍らにかがみ込んだ。ゆっくりと伸ばされた手が、俺のシャツの合わせにかかる。第一ボタンを開けた襟元からするりと掌が入りこみ、ひんやりと冷たい指が鎖骨の上をなぞって、そのまま胸の方へと這い進んでゆく。

「ふふ…滑らかで、手触りがよくて。この肌で、この身体で……織田様を籠絡したんですか?」

 僅かに低くなった声で囁くと同時に、胸元を犯す手が、シャツの襟首を下方へと思い切り引っ張った。
 ぶちぶちという鈍い音と共にボタンが引きちぎられ、前が全て露わにさせられる。吹っ飛んだボタンが教室の隅に転がっていくのを目の隅に捕らえながら、覆い被さってきた中澤を受け入れることしか、床に磔にされた俺には出来なかった。




「う…っ! …ってぇ…」

 左の乳首をまるで握り潰さんばかりの力で摘まれて、たまらず痛みに喘ぐ。
 こういうときは普通もっと優しくするもんだろ…との文句が出そうになるが、中澤の目的は快楽を与えることではなく、屈辱と恐怖を身体に刻みつけ、俺を意のままに操ることだ。どだい、優しくしてくれるわけがないのである。
 苦痛に歪んだ表情を見せるのが癪で顔を逸らせば、今度は中澤は、のけぞったことで晒された首筋を甘噛みしてきた。

「っ…」

 唇が首筋をたどり、鎖骨に歯を立て、胸の筋肉を舐め。そうしてついに、言葉と同じほど饒舌なその舌が、容赦のない力で捻られじんと疼いていた胸の頂きに到達する。
 痛みを与えられるばかりだったそこに、舌がまるで癒すかのように優しく触れる。ぬめった口内に含まれ、吸い上げられば、胸の先からやんわりと、痺れるような感覚が広がってゆく。

「ふぅ…ん…」

 くすぐったいのか心地よいのか、もはや自分でもわからなくなる。むずむずとじれったい刺激から逃れたくとも、四肢を押さえつけられて叶わない。行き場のない奇妙な感覚は、鼻にかかったような甘ったるい声に変換され、俺の口から零れ落ちた。

「…いい声ですね、各務会長。あなたの痴態に、彼等も十二分に煽られたようですよ」

 中澤は胸に埋めていた顔を上げ、頭を巡らせそう言う。眼差しの先にあるのは俺の手足を押さえつける男たちだ。その表情に、ぎらぎらとした欲望の色が宿っているのが俺の目にも見て取れた。

 くそ…何をどうやったら、こんな男の中の男というルックスの俺相手にその気になれるんだ!! 俺に抱かれたいとかいう気持ちなら理解できないでもないが、その逆とかありえねえだろう!!

 遠からず訪れるであろう最悪の未来に思わず喉を鳴らした俺に、中澤がいやらしいほどの猫なで声をかけてくる。

「今ならまだ引き返せますよ? あなたが我々に従いさえすれば、こんな惨めな扱いをされずに済むんです。ただ一言、織田様に近付かないと、そう言いさえすればいい」
「うるっせぇ!! 下卑た脅迫になんぞ、負けねえって言ったろ!!」

 もはやどうすることもできないが、それでもこいつ等の思い通りにはなりたくない。やけくそ混じりにそう叫べば、中澤は一瞬キョトンと目を瞬かせたが、フッと朗らかなまでに破顔した。

「ふ…いい覚悟だ。今までは、ちょっと脅せば泣き出して許しを乞うような軟弱な輩ばかりでしたからね。自らの身を張る程度の覚悟もないくせに織田様にすり寄ろうなど、おこがましいにもほどがある。その点、あなたの覚悟は認めてあげますよ。確かに、口先だけではないようだ」
「…つっても、止めてくれる気はないんだろ?」
「ええ。それとこれとは話が別ですしね。…織田様は潔癖ですから、他の男に…それも複数に、セックスドールのように扱われて穢されたと知れれば、あなたへの興味も薄れるでしょう。あなたの言質を取れずとも、これで全て終りです」
「ふん。あいつと俺は『ダチ』なんだよ。こんなことくらいで、俺達の仲が壊れるもんか」

 強がりを言って笑ってやれば、こめかみを神経質に引き攣らせ、中澤は俺から身を放した。

「…その強がりがいつまで持つか。せいぜい、いじましい姿を見せてくださいね」

 ズボンのポケットからデジタルカメラを取り出し、無機質なレンズを俺へと向ける。
 この場面であの装置。何のために用意されたものかなど、説明されるまでもなく用途が知れるというものだ。

「…そんなもので、俺を脅す気か?」
「あなたの姿を写真に撮って校内に撒いたり、ネット上にアップしようかとも思ったんですが…」
「やれるもんならやってみろよ! 俺はそんなことで潰されるほどヤワじゃねえし、そんなことで壊れるようなチンケな評判を築いてきたつもりもねえからな! テメェ等の下衆なやり口には、絶対に屈しねえ!!」
「そうですね…あなたはその程度の方法では堪えそうにない。…では、画像をあなたのご両親に送りつけるとしたらいかがですか」
「なっ!!」

 思いもよらなかった切り口を提示されて、俺は目を見張る。

「手塩にかけて育てた自慢の息子が男に、それも複数の相手から暴行を受けたとなれば、ご両親はさぞかし哀しまれることでしょうね。そんなことが起こる環境に置かれていることを心配なさって、桜坂を辞めさせようとなさるかもしれない。それに、ことが表になって事件沙汰にでもなってしまえば、近所に住まう住民の目もまた、変わってくるでしょうね。当面の間は、針の筵に坐るような心地になられることでしょう」
「あ…」

 暴行されること自体は、それほど怖くはない。
 いや、男にいいようにされることは十分に屈辱であるし、許し難い暴挙ではある。だが、怪我自体はそう深いものにはならないだろうし、犬に噛まれたと思って忘れることは恐らく、できる。
 だが。こんなことが起きたと知れれば、親父やお袋は間違いなく嘆き哀しむ。息子の俺から見ても馬鹿が付くほどのお人よしであるあの二人は、俺が受けた苦しみを思って泣くだろう。優しい兄貴も、クソ生意気な弟も、俺を案じ思い悩むことだろう。

 親父やお袋、兄や弟にまで迷惑をかけることになるのだと思えば、突如として、自分の置かれた境遇が恐ろしくてならないものへと変貌した。


「や…めろ…」

 制止を求める声が、みっともなく震える。

「おや…初めてですね、そんな動揺した姿を見せてくださるのは。さしものふてぶてしいあなたも、ご家族のこととなればしおらしくなるらしい。各務会長、意固地にならず、我々に従えばいいんです。赤の他人に過ぎない織田様よりも、ご自分の家族を優先するのは当然のことですよ。織田様を裏切ったからと言って、誰もあなたを責めはしません」

 …織田を見捨てれば、俺は助かる。どうせ、カサノバ計画のために築き上げた偽りの友情だ。家族を苦しめることを思えば、切り捨てたところで何ら痛痒はない…はずだ。
 だが。

 俺の脳裏に浮かぶのは…織田が見せた、気恥かしそうにはにかんだ顔。泣き出しそうな、儚い笑顔。潤んだ眼。真摯な眼差し。俺を信頼しきった、甘ったれた表情。
 …鉄面皮と言われたあいつが、こんなにも色んな表情を見せるほど、俺はあいつの奥深くに入りこんでしまったのだ。
 そうまでしておいて織田を見捨てるなんて、俺には出来ない。
 しかし、このままでは…!

 どうすればいいのか分からず、たまらずにぎゅっと目を瞑った、その時。
 教室の外の廊下でガタガタと争うような物音がして、何かがどさりと倒れる気配がしたのち、けたたましい音を立てて教室の扉が開けられた。
 扉が開いたその先に立っているのは…

「各務様!!」
「各務…!」

 やべえ、俺…今、すげー泣きそうだ。


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