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「お前等、仮にも親衛隊と名乗るからには、織田のことを、程度やベクトルの差はあっても、好きだとは思ってるんだろ?」

 そう問いかければ中澤は、今度は何だと言わんばかりに僅かに眉を上げたが、それを口には出さずに素直に肯いた。

「もちろん。織田様は我々の何よりも大切な旗頭、私達がお仕えすべき、敬愛する主です」
「織田の意志を無視してこんな真似をしているのにか? 本当に大事にしたいなら、まずあいつの思いを尊重すべきじゃねえのか」
「大切だからこそ、ですよ。妙な人間に誑かされて、織田様の将来に万が一にも傷がつくことのないように、我々が交友関係を管理すべき必要があるんです」
「管理ってなあ…過保護にもほどがあるだろうが。お前達は織田の彼女か、母親か? いや、彼女も母親も、こうまでうるさく口を挟まねえぜ」
「各務会長は普通のご家庭にお生まれですから、ことの重要性がお分かりにならないんでしょう。確か、ご両親は都庁にお勤めで、兄の信繁は東都大の2回生、弟の慶次は海成高校の1年生でしたね」
「なっ! んなことまで調べ上げたのかよ!」

 家族構成を事細かに述べ立てられて、俺は目を剥く。

「当然のことでしょう。この学園に通うのは、日本の未来を背負って立とうと言う人間ばかりなのですよ。親睦を深めておくべき人間を見極めるためにも、素性を調査するのは桜坂生として最低限の務めです。有害な人物と関わったがために身を滅ぼしたと言う方を、私は何人も存じ上げておりますから。
 各務会長…あなたはまあ、毒にも薬にもならない平凡な生まれの人間で、織田様の心を誘惑するという点を除いては、取り立てて危険性は見受けられませんでした。ですが、倉橋なつきは違います……彼は得体が知れない。我々の情報網をもってしても、倉橋の出自や身辺を知ることはできませんでした。これは、極めて特異なことです。こんなことは今まで起こり得なかった…。恐らくは、我々の力の及ばぬ『何者』かが、故意に倉橋の情報を隠匿しているということでしょう。ですが、誰が一体、何のために…?
 …そんな素性の知れない不審人物を、織田様に近付けるわけにはいかないんです」

 得体が知れないのは顔だけじゃなくて素性もか…倉橋、お前は一体何者だ?と思いつつも、俺は中澤の言葉に反論を述べ立てる。

「確かに織田の家のことを考えりゃ、慎重になるのは仕方がねえかもしれねえが。だが、危ないからって刃物から遠ざけるばっかりじゃ、その危険性も知らないままになっちまうだろう。身を以って痛みを知ることで、人間は成長していくんだろうが」
「いいえ。あなたのような普通の人間ならばそれでいいでしょうが、織田様のような立場の方にとっては、些細な傷さえ致命傷になりかねない。それに…こう言ってしまっては不敬になりますが、正巳様は二人のお兄様方と比べると、多少器量に劣るところが見受けられます。だからこそ、道を誤らぬよう、我々がしっかりとサポートをする必要があるのです。一時の気の迷いのために、あの方の将来を潰させるわけにはいきません。そのためならば、罪も咎も、悪名も汚名も全て私が背負いましょう。それが、織田様の忠実な家臣としての務め…!」

 切れ長の瞳を爛々と輝かせ、中澤は熱に浮かされたような顔で言う。
 誇らしげに織田への忠誠心を語るその姿に、俺は言いようのない苛立ちともどかしさを覚え、拳を握りしめた。

 中澤も小森も、彼らなりに織田のことを好いているということは、十二分に伝わってくる。
 だが、それならどうして、あいつの気持ちを分かってやろうとしないのだ。
 俺なんかにホイホイ懐いたのも、織田がその胸の内に寂しさを抱えていたせいだ。求めても得られない、満たされなさを抱えていたから。
こいつらは織田が欲しがっているものを、そうしようとさえすれば、いくらだって与えられたのに…!
 腹の底から込み上げてくる思いのままに、俺は吠えた。

「家臣って…織田が好きなら、普通にあいつのダチになりゃいいだろ…! あいつは、織田の家柄に囚われた取り巻きなんざ欲しくねえんだよ。普通に接してくれる友人が欲しいだけだ! この先も織田と歩いていきたいなら、ただ単に危ないものから遠ざけるんじゃなくて、あいつが困った時に支えになってやって、一緒に困難に立ち向かっていけばいいだろうが!! それが本当の信頼ってもんだろ! それがダチとか仲間ってもんじゃねえかよ!
 小森、お前だって織田といたいなら、俺や倉橋に下らねえ嫉妬なんかしてないで、あいつの心を手に入れるために足掻いたらどうだ。独りよがりの献身じゃなくて、あいつが欲しがってるものを与えてやれよ! 好きなら、あいつにあんな寂しそうな顔させてんじゃねえ!!」

 それまでずっと、中澤の横で俯いていた小森に叫べば、びくりと肩を揺らして顔を上げる。

「…織田様は、僕なんかには勿体なさすぎる存在です。だから、僕のものになんて、ならなくていい。一時なりとも慰みになれれば、それでよかった。僕のものには、ならなくていい……けど、誰かのものにもなって欲しくない。織田様は僕達みんなの主なんです。織田様は、誰か一人のものになんてなっちゃ駄目なんだ…っ! 各務政宗、あなたや倉橋のようなポッと出の人間には、絶対に織田様は渡さない!! どんなことをしたって引き離してみせる!!」

 初めのうちこそ震え声だったが、次第にヒートアップしてきた小森は声を荒らげ、憎悪の眼差しで俺を睨む。
 駄目だ。完全に俺憎しが勝ってしまって、ハナっから言葉が届いちゃいない。

「小森、落ち着きなさい。すぐにカッとなって暴走するのがお前の悪い癖だ。そんな調子だから、織田様にも愛想を突かされるのですよ、情けない……見苦しいところを見せました、各務会長。どうやらお喋りが過ぎましたね。あまりお待たせするのもなんですから、本題に移りましょうか」
「待て、まだ話は終わってねえだろうが!!」
「無駄ですよ…いくら言葉を交わしたところで平行線をたどるだけです。我々とあなたは所詮、別世界の住人なんですから。分かりあえるはずがない……やりなさい、お前達」

 静かにそう言って、中澤が再び指を鳴らした。それに従い、背後の男たちが動きだす。
 くそ、まだ何も伝えられていないのに…!

「くっ…」

 両側から迫ってきた男二人に腕を取られ、抗う間もなく床へと引き倒される。腕はそのまま押さえつけられて、蹴りを入れようとばたつかせた脚も掴まれてしまい、俺は完全に、床へ大の字に縫いとめられた。

「くっそ、放しやがれコンチクショウ!」

 必死にもがくが、四人の屈強な男に押さえつけられてしまえば、もはやどうする術もない。
 万事休した俺のもとに、残った一人がゆっくりと近づいてくる。
 殴られるのかと思って身体を強張らせるが、いつまでたっても衝撃はやってこない。
 怪訝に思って目を開ければ、屈みこんだそいつは俺のベルトの留め金を手際よく外し、緩めたズボンを下着ごと引きずりおろした。
 その結果、俺は靴下だけ残して下半身丸出しという、非常に屈辱的かつ間抜けな格好になってしまう。

「な…?」

 何で俺、下半身剥かれてるんだ…?
 奴等の目的が分からずに、とっさに答えを求めて振り仰げば、腕を組んだ中澤が、俺をあざ笑うように見下ろした。

「何が起きているのか全く分からないと言う顔ですね。無理もない、そんな外見のあなたには、到底縁のない行為でしょうし。当事者なのに事情も知らされないのも哀れですから、教えて差し上げましょう。あなたは、これから彼等の手によって輪姦されるんですよ」

 輪姦…って! まさか、この俺が…?!

「はああああ?! 冗談だろ!!」

 中澤の口から下された信じられない宣告に、俺は呆然と眼を見開いた。


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