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(あああああ、俺のアホウ! てめえを目の敵にしてる奴等にノコノコ単身でついてくとか! 考えなしにもほどがあるだろ!!)

 内心かなり焦りながらも、上っ面だけは努めて冷静に、俺は二人を見返した。弱みを見せれば、相手を優位に置きかねない。虚勢だろうが、ここは大きく出ておかなければ。

「なるほど…土下座までして見せたのは、俺をここまで誘いだすためだったってわけか。目的のためならなりふり構っちゃいられないようだが、少しでもプライドがあるなら、次からはあんな自分を貶めるような真似は止めておけよ、小森。男を下げるだけだぜ。…それで、ご丁寧な招待までくれて、一体どんな風にもてなしてくれる気だ?」
「随分と余裕でいらっしゃる。さすがは、紛いなりにも会長に選ばれた…と言うべきですかね。今日は、あなたに警告を差し上げるためにお呼び立ていたしました」
「警告? それだけのために、こんな舞台まで用意したってわけか? 御大層なことだな」
「この部屋は、警告が容れられなかった時のための非常装置ですよ。強制手段に訴えさせていただくためのね」
「強制手段って…おいおい、随分と物騒な話じゃねえか」
「話し合いが穏便に終わるか残念な結果になるかは、各務会長、あなたの返答次第です。我々の警告を受け入れていただければよし、そうでなければ…まあ、多少、不愉快な思いをしていただくことになろうかと」

 淡々とした口調で、なかなかに不穏当なことを言ってくれる。小森の時とは違い、感情をまったく伺わせない対応が、底知れない不気味さを感じさせる。一体、何を企てているというのか…
 警戒を強め、身を固くする俺に中澤が向き直る。

「各務会長。あなたには、織田様に近付かないでいただきたいのです。織田様も、今は物珍しさであなたや倉橋なつきに興味を示しておられるようですが、本来であれば、織田様とあなたがたは交わるはずもない世界の人間だ。片やしがない一般庶民、片や世界に冠たる織田家の御曹司…どう見ても不釣り合いでしょう。学友としても、無論、恋人としても。織田様に相応しからぬ人間に、あの方の周りをうろついてもらいたくはないんですよ」
「ふん、てめぇらに命令されるいわれはねえな。誰とダチになるかなんてことは、当人同士が決めることだろ。周囲が喧しく口を挟む問題じゃねえよ」
「友人? あなたごときが、おこがましくも織田様と友人気取りですか?随分と思い上ったものだ!……生意気なのですよ、平民の分際で」
「平民てオイ」

 時代錯誤な単語に思わず突っ込んでしまう。
 明治時代に身分制度は解消されたと言うのに、この学園には未だ根強く残っているらしい。文明開化はどこへやら…だ。

 …桜坂の民主度について論じるのはひとまず後に回すとして。今の中澤とのやりとりの中で、気になる点が一つ、俺にはあった。
 それまで常に張り付けたような薄い笑みを浮かべていた中澤が、さきほどの台詞には不快げに顔を歪め、僅かながらも激情を覗かせたのだ。もっとも、その感情もすぐさま消え去り、無表情が取って代わったのだが。
 友人というキーワード、それがあいつの何かを揺さぶったようだ。中澤との交渉で優位に働くかは分からないが、気にかけておくべきポイントだろう。

 こっそり色々分析する俺に、中澤は先ほどの失態を微塵も感じさせない、冷静な口調で言う。

「あなたのような庶民が、会長として織田様の上にあると言う事実だけでも噴飯ものの屈辱なのに、それ以上を求めようなど、言語道断。平民は平民らしく、少しは己の身の程をわきまえて、分相応の振る舞いをしてはいかがです?」
「やかましい。この平成の世に身分だの平民だの、時代遅れにもほどがあるんだよ。百歩譲って織田がそう言うなら受け入れてもやるが、当のあいつが気にかけてねえものに、俺が囚われる必要はねえ。俺があいつにふさわしいかどうかは、お前じゃなくて織田本人が決めることだ。あいつが俺と共にいたいと望む限りは、あいつから離れるつもりはねえよ」
「…では、交渉は決裂だと?」
「ああ。どんな脅しや嫌がらせを受けようが、お前たちの目論見に屈するつもりはない」

 まあ、肝心の当人とは現在、絶賛仲違い中ではあるのだが。わざわざこいつらに教えてやることもなし。
 突きつけられた最後通牒をきっぱりと破棄してみせると、中澤は目を細め、冷淡な声で宣戦布告を通告した。

「残念です、各務会長。…では、前言通り、あなたにとって喜ばしくない手段に訴えさせていただきましょう」

 そう言ってパチンっと指を鳴らせば、廊下に続く扉が開き、ぞろぞろと体格の良い生徒達が教室内へと入ってくる。どいつもこいつも俺に劣らぬ屈強な身体つきの男ばかりが5人、中澤の後ろにずらりと並んだ。

「っ!」

 罠にかけられたと知った時から、無事では済まないだろうとは覚悟していたが、まさか本当にこんな展開になるなんて。
 総勢7名の男を前に、俺はぎりりと奥歯を噛みしめた。
 数にものを言わせて、リンチにでもかけるつもりだろうか。
 今までの人生を口八丁で切り抜けてきた俺だ、殴り合いの喧嘩なぞろくに経験したこともないし、例えあったとしても、この人数が相手では到底敵うはずもなし。絶体絶命の危機である。

「計画通りに、やっておしまいなさい」
「しかし、隊長…仮にも生徒会長相手に…」

 中澤に命令を下された男は、ごつい体格に似合わぬ気弱そうな態度で、躊躇う様子を見せる。
 よし、いい子だからそのまま引き下がれ、進んで馬鹿をやるこたあない。寮に帰って大人しく飯でも食え。

「いいんですよ。生徒会長と言ったところで、所詮は庶民。任期を終えてしまえば、一般生徒と何ら変わることない身分だ。私達の織田様とは、格が違うのですから。何をされようとも、平民に過ぎない各務会長には、我々に抗う術はないんです」
「そ、それなら…」

 おおいっ! そんな単純に説得されてんじゃねえよ!
 あっさりと翻意した男達に、無駄と知りつつも一応制止の声を投げかける。

「…お前達、馬鹿なことは止めろ」
「では、織田様に近付かないとお約束いただけますか?」
「近付かないっつったって、生徒会役員同士なんだから普通に無理だろ」
「物理的にという意味ではありませんよ。お分かりでしょうに」

 足掻く俺を嘲笑するように、中澤が口の端を吊り上げる。

 どうすればいいんだ?! 奴等の要求を受け入れたふりをして誤魔化すか? 馬鹿正直に逆らってボコられるか? それともダメモトで、ダッシュで逃げ出してみるか?!
 俺の脳裏で、幾つもの選択肢がぐるぐると駆け巡る。

 …一番現実的なのは、最初の選択肢だろう。適当にホラを吹いて、奴等に屈したふりさえすれば、俺は助かるのだ。そうすればいい、人を罠にかけるような卑劣な奴等に、誠意を尽くす必要などないのだから。

 だが。
 だが…! 俺のなけなしの良心が、そうすることを俺に許さないのだ。

 第一に、舌先三寸でこの場を切りぬけられたとしても、根本的な解決にはならないという事実がある。俺や他の人間が織田に近付くたびに、中澤達は同じようなことを繰り返すだろう。それでは問題を見て見ぬふりで放置するのと何ら変わらない。
 第二に、俺の馬鹿高いプライドが、振りとはいえ、中澤達相手に嘘を弄し膝を屈するような真似をさせてくれない。そのようなことをすれば、脅しに負けたと認めるも同然ではないか。例え策のためであろうと、俺にはできない。
 それに何より。親衛隊が馬鹿をやったと知れれば、織田がまた自分を責める。デカイ身体を、まるで消え入ってしまいたいとでも言うように、小さく縮こめて。
 織田にあんな寂しそうな顔をさせたままで、それでいいわけがない。

 …答えなど、最初から決まっていたのだ。逃げるなど、ありえない。
 真っ向から、中澤達と向き合ってやる。その上で、あいつらの腐った性根を叩きなおしてやるまでだ。
 俺は覚悟を決めて、親衛隊と向き直った。


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