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 この口ぶり……もしかしなくとも小森が、桐嶋が以前言っていた、織田が『お盛ん』だった時の相手か。
 なるほど、それで織田に急接近した俺や倉橋に嫉妬して、執拗な嫌がらせをしてきたというわけか。
 恋敵に悋気を起こしたからとはいえ、小森が倉橋にやったことは最低だと思うし、高校生にもなって何やってるんだと呆れるし、俺としても上履きを汚されて業腹ではあるのだが…

「織田様…」

 涙で頬を掻き濡らし、か細い声で縋るように、自分から目を逸らす織田を呼び続ける小森を、俺はどうしても、見過ごすことができなかったのだ。


「…各務」

 織田が再び手を引いていざなうが、俺は足を踏ん張ってそれに抗い、頑としてこの場を動かぬ構えを見せる。

「あいつ、お前に聞きたいことがあるみたいだぜ」
「…俺は、ない…」
「ここに来て逃げるなよ、織田。面倒事から目を逸らすだけじゃ、根本的な解決にはならねえだろうが。俺も倉橋も、あいつから…あいつらから逃げる気はねえ。何が起ころうが、真正面から受けて立ってやる。だからお前も逃げるな。ちゃんと一人の人間として、小森に向き合ってやれ」

 てこでも俺が動く気配がないとみて取ると、織田はようやく小森へと向き直り、溜息を一つ吐きいてその重い口を開いた。

「…小森…俺はもう、お前達親衛隊には付き合いきれない」
「そんな…!!」
「下らない嫉妬で俺の周囲の人を傷付けて、排除して…それを当然のように振舞って。こんなこと、誰が見てもおかしいだろう。いい加減にしてくれ、普通じゃない」
「普通じゃない? 当たり前です! あなた様は織田の御曹司であらせられるのですから! 織田様の周りにおかしな人間は近付けられない。友人も恋人も、あなたに相応しい、選び抜かれた者だけを傍に置かれるべきです。僕はそうして選ばれたあなたの傍仕えとして、ずっと織田様に尽くしてきました。
 それなのに、あなたは僕よりも各務や倉橋を選ぶのですか?! この身体すらあなたに捧げて…織田様だって、満足なさっていらしたでしょう?!」
「止めてくれ」

 織田はうんざりしたという風に顔をしかめる。

「上から施しのように与えられた関係なんて、所詮はまがいものだ。俺が望んで得たものじゃない。そんなものに、一体どれだけの価値がある? 第一…そういうことは本当に好きな人としか、すべきじゃないと思うし……それに何より、したくない。
 大切に思う人と出会って、やっと気付いたんだ。身体だけ満たされたとしても、心はどこまでも空っぽなままだって…
 …俺の気持ちは分かっただろう。もうこれ以上、お前達との主従ごっこに付き合いたくないんだ」
「織田様…」

 淡々とした口調で織田に突き放され、小森はその可愛らしいともいえる顔を、悲痛に引き歪めた。開いた口から、引き攣ったような嗚咽が漏れる。

「…悪いが、顔も見たくない。お前の家との関係は立つつもりはないが、プライベートではもう、俺には関わらないでくれ」
「…っ!」

 きっぱりとした決別を突きつけられ、小森の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
 織田はそんな痛ましい姿から、目に入れるのも煩わしいと言った様子で顔を背け、背を向ける。
 冷淡な態度に衝撃を受けながら、それでも織田の前で醜態は見せたくないという意地か、小森は必死に口を覆って嗚咽を堪え、ふらつく足取りでこの場から立ち去って行った。
 そして織田は俺へと向き直り、普段は感情に乏しいその顔をほころばせた。


「各務、これでもう、大丈夫だから…」

 誇らしげなその態度がやけに癇に障って、俺は口をへの字にひんまげて奴を迎える。

「各務?」

 不機嫌そうな俺に、織田は戸惑い、おろおろと困惑顔になる。
 織田は、俺がずっと言い続けたように、親衛隊に強い態度を示し、主導権を奪い返したのだ。褒められこそすれ、こんな非難がましい眼差しを返されるとは思わなかっただろう。

 だが、俺は面白くないのだ。非常に、面白くない。

「お前、あいつと寝てたのかよ」
「それは…」
「…お前が相手してヤらねーから、嫉妬してこんな馬鹿をやらかしたってわけか」

 織田は黙ったまま、否定をしない。

「迷惑そうな顔して、本当は楽しんでたのかよ?」
「ちが…」

 詰る言葉に泣き出しそうな顔になって、首を横に振る。

「あれは…そうするのが当然のことだったから……俺が、望んでそうしたわけじゃない」
「あいつに無理強いされたとでも言うつもりか? 馬鹿でけえお前が、あんなチビにレイプされたって、そう言う気か?」
「違う…! だって…俺が、好きに相手を選べば、家とのことで、相手にも迷惑がかかるし、学園の秩序も乱れるからって、そう言われたから…俺は、仕方なく…」
「仕方なく? 嫌なら拒めただろうが。そうしなかった時点で、小森の言葉通り、お前も楽しんでたってことになるだろ。なのに一方的に被害者ぶる気か? お前にあんな風に小森を責める権利があるのかよ。お前のその優柔不断な態度が、あいつに気を持たせて、挙句に傷付けたんだろうが」
「でも…他にも寝てた奴はいたけど、小森だけだ…あんな、みっともないことしたのは…」

 その言葉が、とどめだった。
 俺の中の何かが、音を立てて切れてしまった。


「曲がりなりにも関係してた奴をあんな風に切り捨てるなんて、信じられねえ。見損なったぜ、織田」
「各務、待って…」

 引き止めようとするようにこちらへと伸ばされた手を、振り払う。

「あいつを弄んで捨てた手で、俺に触れるな」

 打たれた手をそのままに茫然と立ちすくむ織田を残し、俺は裸足のまま踵を返す。

「各務…」

 頼りない声が俺の名を呼ぶが、俺はそれを無視して歩き続けた。織田が、小森にそうしたように。




「ミイラ取りがミイラになっちまったか?」

 物陰でこっそり事態をうかがっていたらしいマキが、俺の隣にやってきてそう問いかけた。

「…んなんじゃねえよ! ただ、ムカついただけだ。やるだけやってポイ捨てなんて、男として最低だろうが!」

 桐嶋に誘われた時、基本、快楽には忠実で、好奇心旺盛な俺ですら躊躇ってしまったように、いくら同性愛を許容する風土があったとしても、男なら誰でも、抱かれるという行為には抵抗を覚えるだろう。
 男としてのプライドや、羞恥心、嫌悪感…多くのものを犠牲に抱かれることを受け入れたのに、織田はあっさりそれをなかったことにして、他の男のもとへと走ったのだ。
 …もし、そうされたのが俺であったら、正直切れる。ブチ切れる。

「彼に同情したってわけか。相変わらずお人よしだねえ、各務。けどな…教えといてやるが、かなーりあくどいことやってるぜ、小森君は。王道君…じゃねえ、倉橋の机にゴミを撒いたり、教科書に落書きしたり、今回みたいに靴箱に仕掛けたりとかな。織田じゃなくても愛想尽かされて仕方がないレベルだぜ」
「…わぁってるよ。でもムカつくんだよ、理屈じゃねえんだ」
「織田君に愛想が尽きちまったか? どうすんだよ、カサノバ計画は」
「…考えたくねえ」

 頭の中が熱く沸騰してしまっている今、到底まともな判断は下せそうにない。
 俺と織田がこの先どうなるかなんて…そんなこと、考えたくもない

「ま、お前が望む望まないにかかわらず、事態は動くことになるだろうしな…こっからが本番だ。お前の本領を発揮して、奮闘してくれよ、各務」

 仏頂面でふてくされる俺に、マキは謎めいた笑みを浮かべ、意味深な言葉を残したのだった。


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