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「以上だ。その桃色頭に刻み込んでおけ、色惚け役員ども。おい、親衛隊のそっちの馬鹿、今回は証拠不十分で釈放してやるが、この俺にここまでさせて、次また舐めた真似しでかしやがったら、今度こそ本当に、風紀の総力を挙げてぶっ潰してやるからな」

 篠原に低い声で凄まれると同時に眼光鋭く睨み据えられ、小森はびくりと身体を縮こめる。
 啖呵を切ったところで所詮はお坊ちゃんの仕業、どこか上品だった佐原達のそれとは異なり、チンピラめいた篠原の恫喝は、傍観者である俺ですら背筋が寒くなるほどの迫力だ。ボンボン育ちの小森なぞ、内心さぞかしビビっていることだろう。


 生徒会に比肩しうる力を持つ風紀の長、篠原が、ここまで厳格な態度を示したのだ、織田の親衛隊も、さすがにこれ以上の馬鹿はしでかさないだろうとは思うのだが…

「おら、見せもんじゃねえんだぞ。とっとと自分の持ち場に戻れや、暇人ども」
「さあさあ、皆さん、ホームルームに遅れないうちに教室に入りましょうね。遅刻カウントが増えれば、風紀委員室で反省文ですよ」

 篠原と相内に追い立てられ、いつの間にかかなりの数になっていた野次馬が、ぱらぱらと散ってゆく。
 風紀に面目を奪われた形になったのは面白くなかったが、とりあえずは一件が落着したことに、安堵のため息をつくが、俺の心の平穏はそう長くは続かなかった。

「ところで織田。君さぁ、何やってんのぉ?」
「ぼさっとでくのぼうみたいに突っ立ってるだけでさぁ。前、約束したことぉ、忘れちゃったワケぇ?」
「僕達で嫌がらせからなつきを守ると決めたはずでしょう。それなのに、なつきを庇わずに、各務ばかりにかまけているというのは、一体どういうことですか」

 厄介な風紀が去ったことで威勢を取り戻した双子や佐原が、今度は織田に絡み始めたのだ。

「…なつには、皆がいるだろ……でも、各務には俺だけだ。だから、俺が守らなきゃ」

 佐原達に押され気味ではあるが、織田は今度は黙りこまずに、果敢にも奴等に反論してみせる。

「あのさぁ…数の問題じゃないんだよねぇ。スタンスの問題なんだよぉ。この僕等がなっちゃんを守ってるって姿勢を見せることでぇ、嫌がらせの犯人に対する牽制をしてるんじゃあん。僕等を全員、敵に回すのか…ってねぇ」
「脱落するならぁ、はっきりそう言ってよねぇ。そうすればぁ、少なくとも君の親衛隊はぁ、なっちゃんに構うことがなくなるわけだしぃ。なっちゃんを守り抜く覚悟もないのにぃ、なっちゃんに迷惑だけかけるなんて最低ぇ」
「なっちゃんと会長とー。どっちとも得ようなんてー、織田っちはちょっとムシがよ過ぎるんじゃないかなー?」
「そうですね。この頃の君のどっちつかずな態度は、非常に目に余る。この際、はっきり決めてもらいましょうか。なつきを選ぶのか、それとも各務を選ぶのか」
「そ、れは…」

 予想もしていなかったところで二者択一を迫られ、織田は言葉に詰まり目を泳がせる。
 俺に大分懐いてきているとはいえ、倉橋と天秤にかけられ即座に選択できるほどの関係にはなっていないということだ。俺も倉橋も、織田にとってはかけがえのない、貴重な『友人』なのだろう。
 どちらかなんて選べない…そんな思いが、当惑しきった顔から聞こえてくるようだ。

「さあ、選びなさい。あなたの覚悟を我々に見せるんです。さあ…!」
「俺、は…」

 ずいっと迫ってくる佐原に押され、織田は額に汗を滲ませ、後ずさる。


「い、いいんだよ、そんな俺か各務かなんて選ばなくなって!! これは俺が勝手にやったことなんだ、正巳に俺を守る義務なんてないんだから! 正巳がしたいようにすれば、それでいいだろ!」

 佐原に迫られ息も絶え絶えになりかけた織田を庇って、倉橋が叫んだ。

「でもぉ…立ち位置って大事じゃあん? いざって時頼りにならない仲間なんてぇ、下手したら敵より厄介だしぃ…」
「いいの! 俺はそんな風に、人を縛るようなことはしたくないの! みんなが自分の望むように学園生活を送れること、それが大事なんだろ。正巳だけじゃない、桃李達にも、俺のために自分を犠牲になんてしてもらいたくない。ありのまんまのみんなと、俺は友達でいたいんだ」
「なっちゃん…」
「あなたって人は、本当に…」

 感動的な台詞を吐く倉橋に、シンパ達はすっかり骨抜きになり、やに下がった笑顔を浮かべている。

「正巳、俺、気にしてないから。嫌がらせのことも、親衛隊のことも、正巳は悪くない。責任を感じることなんてないんだ。だから、俺と友達のままでいて。正巳がいてくれれば、俺は他に何も望まないから」
「なつ…」

 織田もまた、倉橋にかけられた言葉に目を潤ませる。

 本当にこの男、狙ってやっているのか、それとも天然なのか……ある時はドキリとするほど男前だったり、またある時は一転して健気になったり…男心をくすぐる行動を、さらりと自然に取るあたりが侮れない。俺が計算ずくで僅かずつ詰めていった差が、またしても引き離されかねないではないか。
 そんな畏怖を覚えていた俺の方にも、倉橋は顔を向ける。

「各務も、ごめんな。各務のこと、助けたかったのに…俺が頭に血を昇らせたせいで、あんな大騒ぎになっちゃって…」

 しおらしく謝罪する相手をさらに責め立てるなんて男らしくない行動を、一体誰がとれるだろうか? 大体、こいつに悪気はなかったのだし。俺はしょげかえる倉橋の肩に手を置いた。

「俺のためにやってくれたんだろ、謝ることはねえよ。庇ってくれてあんがとな、倉橋。けど、三木本が言ってたように、相手がいつも真っ当な奴とは限らねえんだ、無茶はしねえようにな。篠原じゃねえが、猪突猛進が過ぎたぜ、あれは。こんな髪してるから、前が見えなくなってるんじゃねえか?」
「ひでぇよ、各務!」

 人相を隠すように伸ばされた前髪を摘んでからかえば、倉橋も笑ってむくれたふりをする。
 そんなほのぼのとしたやり取りをする俺達が気に食わなかったのか、佐原達が慌てた様子で倉橋に声をかけてきた。

「おや、もうこんな時間だ。今度こそ本当に教室に行かなければ、ホームルームに間に合わなくなってしまいますよ、なつき」
「そーだな、送れると佐野センがうっせーし」
「会長も気にしてないって言ってるしぃ、なっちゃんが謝ることなんてないよぉ」
「お前が言うなよ、降矢……ま、けりもついたことだし、そろそろ馬鹿騒ぎもお開きにすっか。悪いが桐嶋、俺の靴の始末、頼まれてくれるか」
「はい、各務様。次こそ必ず、無事に上履きを届けてみせます!」
「…うん、頼むな」

 いつも通りわいわいと騒ぎながら退散する倉橋としもべ達を呆れ顔で見送った後、握り拳を作る桐嶋に上履きを託し、遠慮がちに目線を向けてくる織田に声をかける。

「各務…」
「なぁーにビビってる。俺も倉橋も気にしてなんかいねえよ。だからびしっとしてろ」
「うん…」

 何事もなかったかのように笑いかければ、ほっとしたようにはにかみ、小走りに俺のもとへと寄ってくる。



「織田様!」

 共に、その場を立ち去りかけた時、不意に小森が織田の名を呼んだ。

「なぜ…なぜですか、織田様…! 以前は、あんなにご寵愛下さったのに…!!」

 投げかけられた、血を吐くような小森の叫びに、俺の足が止まった。

「…行こう」

 織田が腕を引くが、俺はそれを無視して振り返り、血の気の引いた顔で訴えかける小森を見つめる。
 黒目がちな大きな瞳は今、涙で潤んでいた。

「そんなに、倉橋なつきや各務政宗が大事ですか?! 僕達は…僕はもう、必要ないのですか?! あんなにあなたに尽くしてきたのに!! 僕の初めても、今も、これからも…全部、織田様のためにあるのに…!!」


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