「なっ…ぶ、ぶさいく?!」
「おやおや…自覚がなかったのですか? 肌はくすんでいるし、コンシーラーで隠しているようですが、吹き出物が二つもできていますね。それに、目の下には真っ黒なクマ。髪もパサついて艶がない。大方、陰謀にかまけ、手入れがおろそかになっているんでしょう。そんな、四谷怪談のお岩のごとき有様で、織田様に言い寄ろうとは、思い上りも甚だしい!」
チェックポイントが細か過ぎるだろう、桐嶋。お前は女か、と突っ込みたくなる……が。
「だ、誰が…そ、そんな…」
その指摘に思い当たることでもあったのか、小森が狼狽えたように右手を頬に当てる。
生徒会役員らを相手にしても臆することがなかった小森が、桐嶋の言葉には思いのほか動転している。容貌に関する欠点は、彼にとってそれほどのタブーだったのだろうか。さすが親衛隊員同士というべきか、桐嶋は相手の弱点をよく理解していたようだ。
ぶっちゃけ、俺には肌のくすみとやらも髪のパサつきとやらもさっぱり分からん。だってヘドロまみれだし。ニキビの一つや二つも、青春のシンボル大いに結構と思うのではあるが。
…これは、クツを泥まみれにされた仕返しをする、絶好の機会ではないだろうか?
どこまでもふてぶてしかった小森がようやく見せた弱みに、俺はこっそりほくそ笑んだ。
ただでさえ多勢に無勢の奴をこれ以上いたぶるのは、若干心が痛むものがないではないが、便乗させてもらうぜ、桐嶋。
「駄目だろ、桐嶋。そんなこと言ったらよ」
「各務様…」
肩に腕を回し、そう咎める俺に、桐嶋は少しだけ不服そうな顔を見せる。
「人間、何が腹立つって、本当のこと言われんのが一番ムカつくんだよなあ。あんまり虐めちゃ可哀想だろ?」
「な!」
にっこりと笑って言ってやれば、小森は泥まみれの顔で目を見張る。
「各務様はお優しすぎます」
桐嶋も俺の目的を察したのか、意を得たとばかりに目配せを送ってから、一層大げさな口調で喋り出した。
「そこの小物と違って眉目秀麗で成績優秀、人望もあって慈悲深いからと言って、誰も彼もに情けをかける必要はありません。所詮、一生徒、一親衛隊員に過ぎない燕雀に、生徒会長という鴻鵠の志が理解できるはずもないんです。己の身の程も弁えずに盛るなど、犬猫と同じ…いえ、発情期が限られている分、犬猫の方がまだマシでしょうね。そんな浅ましい獣に哀れみをかけたところで、後ろ脚で砂をかけられるのが関の山ですよ」
嫌がらせの件を真正面から咎め立てたところで、織田を免罪符に開き直るだけで効果は薄いと踏み、それなら、同じ土俵で本人のウィークポイントをネチネチつついてやる方が、小森には堪えるだろうと思って任せたのだが…桐嶋、虫も殺さぬような顔で、かなりキツイことを言う…。小森が少しだけ哀れに思えてきたぜ。
「そもそも、織田様の寵を競うのに、各務様と自分を同等の舞台に上げる、そのこと自体が罪なんです! 各務様の美しさに比べればあの者など、月とすっぽん、提灯に釣鐘、黒揚羽とクロメンガタスズメ!! 比較することすらおこがましい!!」
「クロメンガタスズメ…?」
多分、桐嶋オリジナルの比喩なのだろう、聞き覚えのない言葉に首を傾げる俺に、モブその一になりかかっていたマキが解説してくれた。
「ああ、あれね。背中にドクロみたいな模様のある、蛾だよ。通称、ドクロ蛾って言われてる」
「蛾って…!!」
蛾に例えられるだけでも業腹だというのに、さらにその上髑髏とか。腹が立つを通り越して怖気だつ。
うっかり想像してしまったらしい小森やKY集団も、微妙に蒼白な顔になっていた。
しかし、それでも小森は果敢に、恐怖の魔王と化した桐嶋に言い返す。
「び…美貌だけが、寵を得る条件であるわけではないでしょう?! 学内外問わず、様々な場面で主を支えることも、親衛隊の務め。一般庶民である各務会長は、学園の外では何の力もないではありませんか!」
「はっ! あなたが頼みにしている家柄とて、自分の力で手に入れたものではないでしょうに。各務様はご自身の力でこの桜坂の生徒会長の座を得られました。その実力と人望は、学園を出た後も様々な場面で発揮されることでしょう。それに引き換え、家柄などという、運と偶然だけで得た力を振りかざすのは、自身の能力の欠如をひけらかすようなもの! 一人の人間として求めるならば、どちらが魅力的かは尋ねるまでもないでしょう。大体、時流の変遷著しいこの時勢、名前だけを誇ったところで一体どこまで頼りになるものか……跡目を継ぐ人間が無能ならば、なおさらね」
「ぐっ…!」
「そんなことも理解できないような才知に欠けた、毛並みの劣った輩に、自らの親衛隊などと大手を振って歩かれれば、織田様もさぞかし恥ずかしく思われることでしょうね」
その一言に、ブルブルと小刻みに震えながら桐嶋の舌鋒に堪えていた小森が、ついに爆発した。
「黙って聞いてりゃ…ムカつくんだよ、テメー!!」
桐嶋の胸倉を掴み上げ、愛らしかった顔を鬼の形相に一変させてすごむ。
「ほう…この私とやり合おうというつもりですか? ご自慢のご面相がどうなっても知りませんよ?」
余裕綽々に受けて立とうとする桐嶋に、俺は制止の声をかけるが…
「お、おい、桐嶋…」
「止めないでください、各務様。男には、己の大切なものを守るため、拳で闘わなければならない時があるんです。今こそがまさにその時! あなた様への愛のため、私は必ず勝ってみせます…!」
「あ、そう…」
やる気満々の熱い台詞を返されて、若干引きながらすっ込んでしまう。
何か格好いいこと言ってはいるが、やっていることは口喧嘩の末の殴り合いだし。ガキの喧嘩と変わらないし。
「小森…」
「織田様、あなたへの気持ちを愚弄されて、おめおめと引き下がるわけにはいきません。僕の誇りに賭けて、負けるわけにいかないんです!」
織田の方も一応止めようと試みてはいるようだが、向こうも退く気はこれっぽっちもなさそうだ。
「いざ、尋常に!」
「勝負…!」
「おーい、お前ら…」
バチバチと火花を飛ばし合う一触即発の二人に、俺は力なく呼びかけることしかできないのであった。